13 「あなたがたはわたしにかたくななことを言う」と【主】は仰せられる。あなたがたは言う。「私たちはあなたに対して、何を言いましたか。」
14 あなたがたは言う。「神に仕えるのはむなしいことだ。神の戒めを守っても、万軍の【主】の前で悲しんで歩いても、何の益になろう。
15 今、私たちは、高ぶる者をしあわせ者と言おう。悪を行っても栄え、神を試みても罰を免れる」と。
16 そのとき、【主】を恐れる者たちが、互いに語り合った。【主】は耳を傾けて、これを聞かれた。【主】を恐れ、主の御名を尊ぶ者たちのために、主の前で、記憶の書がしるされた。
17 「彼らは、わたしのものとなる。─万軍の【主】は仰せられる─わたしが事を行う日に、わたしの宝となる。人が自分に仕える子をあわれむように、わたしは彼らをあわれむ。
18 あなたがたは再び、正しい人と悪者、神に仕える者と仕えない者との違いを見るようになる。
神はイスラエルの民を誠実な奉仕へと招いておられます。その招きに対して、2つの応答が生まれます。不信者の応答(13~15節)と、信者の応答です(16~18節)。きょうは、不信者の応答を見てみましょう。
ここでも対話形式で話が進んで行きます。「『あなたがたはわたしにかたくななことを言う』と【主】は仰せられる。あなたがたは言う。『私たちはあなたに対して、何を言いましたか』」(13節)。(1)【主】は民に、「あなたがたはわたしにかたくななことを言う」と言われます。つまり、民は【主】に対して言いたい放題であったということです。(2)それに対する民の応答は、「私たちはあなたに対して、何を言いましたか」というものでした。ここに、罪に対して鈍感な民の姿勢が表れています。
「あなたがたは言う。『神に仕えるのはむなしいことだ。神の戒めを守っても、万軍の【主】の前で悲しんで歩いても、何の益になろう。今、私たちは、高ぶる者をしあわせ者と言おう。悪を行っても栄え、神を試みても罰を免れる』と」(14~15節)。民の言葉を要約すると、以下のようになります。(1)神に仕えても、なんの益もない。それはむなしいことだ。(2)十分の一や奉納物をささげても、また、断食や悔い改めをしても、なんの益もない。それもまた、むなしいことである。(3)神を神とも思わずに生きている者たちは、すでに神を試したではないか。しかし彼らは、大いに栄えている。つまり、神を試みても罰は来ないということが実証されたのだ。
不信者たちは、神は無力であると豪語しています。彼らは、神を恐れない生き方を選んでいます。そして、十分の一や奉納物をささげる必要はないとの結論を出しています。愚か者の生き方が、箴言1:29~32に書かれています。「なぜなら、彼らは知識を憎み、【主】を恐れることを選ばず、わたしの忠告を好まず、わたしの叱責を、ことごとく侮ったからである。それで、彼らは自分の行いの実を食らい、自分のたくらみに飽きるであろう。わきまえのない者の背信は自分を殺し、愚かな者の安心は自分を滅ぼす」
私たちに関しては、【主】を恐れることを人生の基本としようではありませんか。なぜなら、【主】に信頼する者こそ最後に祝福を受ける者となるからです。「しかし、わたしに聞き従う者は、安全に住まい、わざわいを恐れることもなく、安らかである」(箴1:33)
きょうの祈り
天の父なる神さま。きょうもあなたを恐れながら、歩むことができますように。私を知恵ある者として祝福してください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
年間聖書通読
エゼキエル書12~13、ガラテヤ人への手紙3
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