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マルコの福音書6:53~56

53 彼らは湖を渡って、ゲネサレの地に着き、舟をつないだ。

54 そして、彼らが舟から上がると、人々はすぐにイエスだと気がついて、

55 そのあたりをくまなく走り回り、イエスがおられると聞いた場所へ、病人を床に載せて運んで来た。

56 イエスが入って行かれると、村でも町でも部落でも、人々は病人たちを広場に寝かせ、そして、せめて、イエスの着物の端にでもさわらせてくださるようにと願った。そして、さわった人々はみな、いやされた。

ゲネサレの地のイエス

憐れみを示すイエス

イエスと弟子たちは湖を渡って、ゲネサレの地に着きました(ゲネサレというのは、カペナウムの辺り一帯を指す言葉だと思われます)。その地の人々は、イエスを喜んで迎え入れました。ナザレでは拒否されたイエスも、この地では受け入れられています。しかし、彼らがなぜイエスのもとに集まって来たのかを吟味する必要があります。彼らはパンと魚の奇跡を目撃し、再びそのような恩恵にあずかろうとしてイエスのもとに押し寄せて来たのです(その詳細は、ヨハネ6:2271に記されています。イエスはその機会をとらえて、いのちのパンのメッセージをされました。キリストは「いのちのパン」ということばを、メシアであるご自身を象徴するものとして用いておられます)。イエスは彼らの動機が間違っていることはご存じでしたが、癒しを求める病人たちを憐れみ、彼らを癒されました。ここには、良き羊飼いイエスの姿が現われています。

着物のふさ

きょうの箇所では、イエスの着物の端にさわった人々はみな、癒されています。「着物の端」とは、「着物のふさ」のことです(マタイ143436参照)。「着物のふさ」という言葉は、マルコの福音書5:2534にも出てきました。その箇所では、12年間も長血をわずらっていた女が登場しています。彼女は、イエスのうしろに近寄って、イエスの着物のふさにさわりました。すると、たちどころに出血が止まり、癒されました。
「ふさ」とは、着物の四隅につけられた糸の束のことで、ヘブル語では「ツィツィオット」と言います。今でも宗教的なユダヤ人たちは、これを身に着けています。民数記1538には、主のすべての命令を思い起こし、それを行なうために「ふさ」をつけるようにとの命令があります。つまり、ふさ(ツィツィオット)とは、神のことばを象徴的に表わすものだったのです。長血の女は、信仰をもってイエスの着物のふさにさわり、癒されました。きょうの箇所でも、着物のふさにさわった人々はみな、癒されています。神から祝福を受け取る方法は、(1)神の憐れみにすがることと、(2)神のことばに信頼して従うことです。癒し主イエスは今も私たちとともにいてくださいます。

きょうの祈り

天の父よ。主イエスは、私にとって良き羊飼いです。きょうも、イエスの御声に従って歩みます。どうか私を祝福の牧場へとお導きください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

ネヘミヤ記5~6、ヨハネの手紙 第一5