8 兄弟たちよ。私たちがアジヤで会った苦しみについて、ぜひ知っておいてください。私たちは、非常に激しい、耐えられないほどの圧迫を受け、ついにいのちさえも危くなり、
9 ほんとうに、自分の心の中で死を覚悟しました。これは、もはや自分自身を頼まず、死者をよみがえらせてくださる神により頼む者となるためでした。
10 ところが神は、これほどの大きな死の危険から、私たちを救い出してくださいました。また将来も救い出してくださいます。なおも救い出してくださるという望みを、私たちはこの神に置いているのです。
11 あなたがたも祈りによって、私たちを助けて協力してくださるでしょう。それは、多くの人々の祈りにより私たちに与えられた恵みについて、多くの人々が感謝をささげるようになるためです。
前回の箇所では、神は試練から私たちを助け出してくださるということを確認しました。この真理は、詩篇で繰り返し歌われています。「正しい者の悩みは多い。しかし、主はそのすべてから彼を救い出される。主は、彼の骨をことごとく守り、その一つさえ、砕かれることはない」(詩篇34:19~20)。「私のうちで、思い煩いが増すときに、あなたの慰めが、私のたましいを喜ばしてくださいますように」(詩篇94:19)。
きょうの箇所でパウロは、自分自身の体験を語っています。(1)彼はアジヤで死を覚悟するほどの苦難に遭いました。「アジヤで遭った苦しみ」とは、恐らくエペソでの迫害のことでしょう(使徒19:23~41、Iコリント15:32参照)。(2)その苦難によって彼は信仰の訓練を受け、自分を信頼することを捨て、死者をも生かす神の力にのみ頼るようになりました。(3)そうなった時、神は彼を死の危険から救い出されました。(4)この体験の後、パウロの信仰は一層揺るがないものになりました。彼は、これからも神は必ず自分を救い出してくださるという希望を抱くようになりました。
次にパウロは、執りなしの祈りの意味に言及しています。11節のことばがそれですが、これは同時に、効果的な祈りの原則ともなっています(新改訳ではなく新共同訳で引用します)。「あなたがたも祈りで援助してください。そうすれば、多くの人のお陰でわたしたちに与えられた恵みについて、多くの人々がわたしたちのために感謝をささげてくれるようになるのです」この聖句を分解すると、次のようになります。(1)パウロは自分のために執りなしの祈りを要請しています。(2)祈った人にとっては、パウロが救出されたという情報は、神の恵みに感謝する機会となります。(3)そればかりか、自分もまたその救出劇を共通体験したことになります。
あなたは、執りなしの祈りに効果があることを体験していますか。また、苦難からの救出劇を共通体験していますか。今、試練の中にいる人を覚え、執りなしの祈りを捧げましょう。
きょうの祈り
全知全能の神よ。あなたは私をあらゆる患難から救い出すことのできるお方です。どうか私が、自分を信頼することを捨て、あなたにのみ信頼する者となれますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
年間聖書通読
ヨブ記25~27、ヘブル人への手紙3
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