4 私の神、【主】は、こう仰せられる。「ほふるための羊の群れを養え。
5 これを買った者が、これをほふっても、罪にならない。これを売る者は、『【主】はほむべきかな。私も富みますように』と言っている。その牧者たちは、これを惜しまない。
6 わたしが、もう、この地の住民を惜しまないからだ。─【主】の御告げ─見よ。わたしは、人をそれぞれ隣人の手に渡し、王の手に渡す。彼らはこの地を打ち砕くが、わたしは彼らの手からこれを救い出さない。」
1 ~ 3節では、土地の荒廃が預言されました。荒廃する理由は、メシア拒否の罪です。さて、きょうの箇所で、ゼカリヤは一つの使命を受けます。「私の神、【主】は、こう仰せられる。『ほふるための羊の群れを養え』」(4節)。(1)「ほふるための羊」とは、イスラエルの民のことです。彼らは不信仰のゆえに、滅びに予定されていました。(2)「養え」とは、神のみことばを教え、彼らを霊的に導けということです。神の御心が何であるかを知った彼らには、弁解の余地がなくなります。
「これを買った者が、これをほふっても、罪にならない。これを売る者は、『【主】はほむべきかな。私も富みますように』と言っている。その牧者たちは、これを惜しまない」(5節)。(1)「これを買った者」とは、ローマ人のことです。彼らは、紀元70年にエルサレムを滅ぼします。(2)「これをほふっても、罪にならない」とは、ローマ軍はなんの罪責感を持つこともなく、エルサレムを滅ぼすということです。(3)「これを売る者」とは、ユダヤ人の指導者たちのことです。彼らは、ローマに対して売国的行為を行い、自らの私腹を肥やしましたが、同胞たちの苦境については無関心でした。
「わたしが、もう、この地の住民を惜しまないからだ。…わたしは、人をそれぞれ隣人の手に渡し、王の手に渡す。彼らはこの地を打ち砕くが、わたしは彼らの手からこれを救い出さない」(6節)。(1)神ご自身も、イスラエルの民を惜しまないと宣言されます。(2)神は、イスラエルの民を隣人の手に渡し、王の手に渡されます。ヨハネ19:15でユダヤ人の指導者たちは、「カイザルのほかには、私たちに王はありません」と叫びました。それゆえ神は、彼らをカイザルに引き渡されるのです。(3)紀元70 年には、110 万人が殺され、9万7千人が奴隷になりました。
ゼカリヤに与えられた「ほふるための羊の群れを養え」という使命は、究極的にはメシアが実行されるものです。そういう意味では、ゼカリヤはメシアの型です。メシアはイスラエルの民にやさしく語りかけ、彼らを守ろうとされました。しかし、民はメシアを拒否しました。彼らに弁解の余地はありません。同じ神の愛が私たちの上にも注がれています。もしその愛を拒否するなら、私たちにも弁解の余地はありません。今すぐに、神の愛と恵みに依り頼もうではありませんか。
きょうの祈り
イエス・キリストの父なる神さま。あなたはさまざまな方法を通して、ご自身を私にあらわしてくださいました。私には弁解の余地はありません。今、あなたに全面的に信頼します。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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