2 「万軍の【主】はこう仰せられる。この民は、【主】の宮を建てる時はまだ来ない、と言っている。」
「万軍の【主】はこう仰せられる。この民は、【主】の宮を建てる時はまだ来ない、と言っている」(2節)とあります。(1)「万軍の【主】」という御名は、ハガイ、ゼカリヤ、マラキの3人の預言者が好んで使ったものです(合計90回以上)。この御名は、「イスラエルの全軍のかしら」(1サム17:45)、「天の軍勢のかしら」(1列22:19)を意味するもので、神の全能の力を示しています。ハガイは、神から権威を受けて、神のことばを伝えようとしています。(2)【主】はイスラエルを「わたしの民」とは呼ばず、「この民」と呼んでいます。その理由は、イスラエルが罪を犯しているからです(ホセ1:9参照)。(3)民の罪とは、「【主】の宮を建てる時はまだ来ない」と言っていることです。
どうしてイスラエルの民は、神殿建設を先延ばしにしたのでしょうか。いろいろな理由が考えられます。(1)サマリヤ人や近隣の諸民族からの反対や妨害がありました。民は、「もし今神殿建設に着手することが御心なら、状況は開かれるはずである。それゆえ、状況が変化するまで待ったほうがいい」と考えたのでしょう。(2)あるいは、「捕囚から帰還して間がない自分たちは、生活の安定を最優先させなければならない。生活の糧を得ることで精一杯の私たちに、神殿建設のための労働を提供する余裕はない」と考えたのかもしれません。(3)さらに、「建設費用はどこから出るのか。自分たちにはその余裕はない。無理に建てたとしても、ソロモンの神殿と比較するなら、貧弱なものしかできないだろう。だから、実力がつくまで待ったほうがいい」と言い張ったのかもしれません。
罪人の性質は、できることの理由よりも、できないことの理由を考えることです。この時期のイスラエルの民と同じように、私たちもまた失敗の言い訳をしたり、先延ばしの口実を設けたりする者です。しかし、そのような優柔不断と先延ばしの姿勢からは、良い結果は生まれて来ません。イエスは弟子たちにこう言われました。「あなたがたは、『刈り入れ時が来るまでに、まだ四か月ある』と言ってはいませんか。さあ、わたしの言うことを聞きなさい。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています」(ヨハ4:35)。今、信仰の目を上げ、色づいている畑を見、収穫のために出て行こうではありませんか。
きょうの祈り
天の父なる神さま。あなたの時はすでに来ています。私に決断力をお与えください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
年間聖書通読
列王記第二3~4、使徒の働き22
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