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ローマ人への手紙1:1 〜 7

1 神の福音のために選び分けられ、使徒として召されたキリスト・イエスのしもべパウロ、

2 ─この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、

3 御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、

4 聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。

5 このキリストによって、私たちは恵みと使徒の務めを受けました。それは、御名のためにあらゆる国の人々の中に信仰の従順をもたらすためです。

6 あなたがたも、それらの人々の中にあって、イエス・キリストによって召された人々です、─このパウロから、

7 ローマにいるすべての、神に愛されている人々、召された聖徒たちへ。私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなたがたの上にありますように。

イントロダクション(2)

だれ宛てに書いたか(宛先)。

ロマ書のイントロダクションの2回目です。前回は、著者パウロについて説明しました。今回は、宛先について学んでみましょう。この手紙は、ローマの教会宛てに書かれました。「ローマにいるすべての、神に愛されている人々、召された聖徒たちへ」(7節)とあります。(1)ローマの教会は、幾つかの家の教会から成り立っていました。(2)ペンテコステの日に回心したユダヤ人が、ローマに戻って伝道したものだと思われます。ペンテコステの日の記述の中にこういう文章があります。「フルギヤとパンフリヤ、エジプトとクレネに近いリビヤ地方などに住む者たち、また滞在中のローマ人たちで、ユダヤ人もいれば改宗者もいる」(使2:10〜11)。(3)この手紙執筆当時、ローマの教会は異邦人信者が大半を占めるようになっていました。(4)ユダヤ人信者と異邦人信者の関係に着目しましょう。両者の間には、宗教的、社会的壁がありました。これは、見のがしてはならない神学的問題です。

いつごろ書いたか(執筆時期)。

この手紙は、57年ごろに書かれたと思われます。(1)パウロの第3回伝道旅行の終わりごろです。より具体的には、コリント滞在中(使20:2 〜 3)に書いたと思われます。それは、エルサレム教会に異邦人の諸教会からの献金を届ける直前のことでした。(2)第3回伝道旅行はエルサレムに到着した時点で終わりました。そこでパウロが投獄されたからです。(3)それから彼は、ローマに囚人として送られました。彼がローマに到着したのは60 年のことです(使28:11 〜15)。
この頃のパウロは、スペイン伝道を志していましたが、まだ道が開かれていませんでした。彼は、スペイン伝道という願いよりも、エルサレムに献金を届けるという責務を優先させました。その状況があって、ロマ書が書かれたのです。またローマの教会を訪問したいという彼の願いは、囚人となってローマに行くという形で成就しました。スペイン伝道といい、ローマ訪問といい、彼の思いどおりにはいかなかったのです。しかし、ここにも神の摂理の御手があったことを感じないわけにはいきません。神はパウロに最善のことをなさいました。そして、私たちの人生でも最善を行ってくださいます。

きょうの祈り

イエス・キリストの父なる神さま。あなたは私の人生において最善をなさっておられます。そのことを信仰によって受け取ります。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

ホセア書4~5、コロサイ人への手紙1