1 そこで、兄弟たち。私はあなたがたにぜひ次のことを知ってもらいたいのです。私たちの父祖たちはみな、雲の下におり、みな海を通って行きました。
2 そしてみな、雲と海とで、モーセにつくバプテスマを受け、
3 みな同じ御霊の食べ物を食べ、
4 みな同じ御霊の飲み物を飲みました。というのは、彼らについて来た御霊の岩から飲んだからです。その岩とはキリストです。
5 にもかかわらず、彼らの大部分は神のみこころにかなわず、荒野で滅ぼされました。
6 これらのことが起こったのは、私たちへの戒めのためです。それは、彼らがむさぼったように私たちが悪をむさぼることのないためです。
7 あなたがたは、彼らの中のある人たちにならって、偶像崇拝者となってはいけません。聖書には、「民が、すわっては飲み食いし、立っては踊った」と書いてあります。
8 また、私たちは、彼らのある人たちが姦淫をしたのにならって姦淫をすることはないようにしましょう。彼らは姦淫のゆえに一日に二万三千人死にました。
9 私たちは、さらに、彼らの中のある人たちが主を試みたのにならって主を試みることはないようにしましょう。彼らは蛇に滅ぼされました。
10 また、彼らの中のある人たちがつぶやいたのにならってつぶやいてはいけません。彼らは滅ぼす者に滅ぼされました。
11 これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。
12 ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。
13 あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。
パウロは、救いを達成するために努力することがいかに大切であるかを教えるために、イスラエルの失敗の例を四つ上げます。イスラエルの民は神の栄光に守られて、紅海を渡りました。彼らは、マナを食べ、岩からの水を飲み、約束の地を目指しました。しかし、最後に賞を受けたのは、ヨシュアとカレブの二人だけでした。イスラエルの民は、神の恵みを受けながら、次のような罪を犯し、その恵みから離れていきました。
(1)金の子牛の像を作り、偶像礼拝を行ないました(出エジプト記32章)。(2)モアブ人の神であるバアル・オメルを礼拝しました(民数記25章)。バアル・オメルの礼拝には、神殿娼婦との交わりが付随していましたので、礼拝に参加することは同時に姦淫の罪を犯すことでもありました。(3)そもそもエジプトを出てきたこと自体に不満をもらしています(申命記21章)。不満をもらした人々は、毒蛇に噛まれて死にました。(4)彼らは、約束の地を目前にしたカデシュ・バルネアでつぶやいています(民数記14章)。これが、40年間の放浪を決定的にし、出エジプトを体験した世代は、ヨシュアとカレブ以外すべて死に絶えることになります。
キリストの十字架の死、復活、昇天以降、私たちは終わりの時代に突入しました。パウロは私たちに、しっかりとキリストという土台に立つように勧めています。そして、あの有名な聖句が続きます。「あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」
「あなたがたのあった試練」は、「あなたがたのあった誘惑」とも訳せます。ここでパウロは、(1)耐えることのできない試練(誘惑)はない、(2)試練(誘惑)とともに脱出の道も備えられる、と宣言しています。これはパウロの体験であり、確信です。これが、私たちの体験となり、確信となるように、祈りましょう。
きょうの祈り
イエス・キリストの父なる神さま。どのような試練にあおうとも、耐えることのできない試練はありません。また、必ず脱出の道が与えられます。ハレルヤ!心から感謝します。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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