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コリント人への手紙第一9:12b~18

12 もし、ほかの人々が、あなたがたに対する権利にあずかっているのなら、私たちはなおさらその権利を用いてよいはずではありませんか。それなのに、私たちはこの権利を用いませんでした。かえって、すべてのことについて耐え忍んでいます。それは、キリストの福音に少しの妨げも与えまいとしてなのです。

13 あなたがたは、宮に奉仕している者が宮の物を食べ、祭壇に仕える者が祭壇の物にあずかることを知らないのですか。

14 同じように、主も、福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活のささえを得るように定めておられます。

15 しかし、私はこれらの権利を一つも用いませんでした。また、私は自分がそうされたくてこのように書いているのでもありません。私は自分の誇りをだれかに奪われるよりは、死んだほうがましだからです。

16 というのは、私が福音を宣べ伝えても、それは私の誇りにはなりません。そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。もし福音を宣べ伝えなかったなら、私はわざわいだ。

17 もし私がこれを自発的にしているのなら、報いがありましょう。しかし、強いられたにしても、私には務めがゆだねられているのです。

18 では、私にどんな報いがあるのでしょう。それは、福音を宣べ伝えるときに報酬を求めないで与え、福音の働きによって持つ自分の権利を十分に用いないことなのです。

権利の放棄

真実な奉仕

パウロは、自らの奉仕が真実なものであることをコリントの信者に示すために、さらに論を進めます。彼は、福音の妨げにならないようにと、使徒としての権利を放棄し、すべてを耐え忍んできました。(1)宮で奉仕する者は宮の物を食べ、祭壇に仕える者は祭壇の物にあずかります。ここではパウロは聖書を引用していません。なぜなら、エルサレムの神殿だけでなく偶像の宮でも祭司たちはそこから生活の糧を得ていたからです。コリントの町に住む者たちは、その事実をよく知っていました。(2)それと同じように、福音を宣べ伝える者が福音の働きから生活の支えを得るのは当然です。(3)しかしパウロは、そのような特権をすべて放棄し、コリントの教会には何の負担もかけないで伝道してきました。それは、福音に少しの妨げも与えないため、また、自分の誇りを失わないためでした。

パウロの誇り

パウロは、自らの働きを次のように考えていました。(1)福音を宣べ伝えることは、どうしてもしなければならないことである。従って、それをしたところで、それが自分の誇りになるわけではない。(2)逆に、もし福音を宣べ伝えなかったなら、自分はわざわいに会う。(3)生活のためでもなく、強いられてでもなく、自発的に福音を宣べ伝えているなら、報いが与えられる。(4)パウロが言う報いとは何でしょうか。「福音を宣べ伝えるときに報酬を求めないで与え、福音の働きによって持つ自分の権利を十分に用いなかった」と証しできること、それがパウロの考える報いです。
パウロは、「もし福音を宣べ伝えなかったら、私はわざわいに会います。」と言い、「私はすべてのことを、福音のためにしています。」(9:23)と語った人です。パウロの情熱と使命感からあなたは何を学びますか。今一度、内なる人を強めてくださいと祈りましょう。

きょうの祈り

天の父なる神さま。私の内に、福音を宣べ伝えたいという強い願いと使命意識とをお与えください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

アモス書7~8、テサロニケ人への手紙 第一4

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