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マラキ書1:2~5

2 「わたしはあなたがたを愛している」と【主】は仰せられる。あなたがたは言う。「どのように、あなたが私たちを愛されたのですか」と。「エサウはヤコブの兄ではなかったか。─【主】の御告げ─わたしはヤコブを愛した。

3 わたしはエサウを憎み、彼の山を荒れ果てた地とし、彼の継いだ地を荒野のジャッカルのものとした。」

4 たといエドムが、「私たちは打ちくだかれた。だが、廃墟はいきょを建て直そう」と言っても、万軍の【主】はこう仰せられる。「彼らは建てるが、わたしは打ちこわす。彼らは、悪の国と言われ、【主】のとこしえにのろう民と呼ばれる。」

5 あなたがたの目はこれを見て言おう。「【主】はイスラエルの地境じざかいを越えて偉大な方だ」と。

イスラエルに対する神の愛(1)

対話形式

マラキは、対話形式でこの預言書を書いています。①【主】が語られる。② それに対して民が疑問を呈する。③ その疑問に、【主】がお答えになる。きょうの箇所もそのような形式で書かれています。
(1)【主】が語られる。「わたしはあなたがたを愛している」(2節a)。「愛している」はヘブル語で「アハブ」です。旧約聖書では、この動詞は神の愛に関して32回使用されていますが、そのうち23回までが、イスラエルに対する神の愛を示すものです。つまり、神がいかにイスラエルを愛されたかが示されているのです。この愛は、「契約に基づく愛」です。さらに言えば、この愛は選びの愛です(申4:37、7:7~8、10:15 参照)。
(2)それに対して民が疑問をていする。「どのように、あなたが私たちを愛されたのですか」(2節b)。なぜ民はこの疑問を発したのでしょうか。この時点では、神殿再建工事が完成してから数10年が経過していました。しかし、預言者ハガイやゼカリヤが預言していた理想的な「御国みくに」(メシア的王国)は、いまだに成就していませんでした。イスラエルは相変わらず大国ペルシヤの支配のもとにあり、神に対する民の感謝の思いは徐々に冷めていきました。その結果、形式的な礼拝と律法軽視の雰囲気が民の間に蔓延まんえんしていました。
(3)民の疑問に、【主】がお答えになる。【主】からの回答は、2節cから5節に書かれています。その内容は、次回取り上げます。

マラキ書全体を通して語られる【主】からの回答

これから先の展開をあらかじめ見ておきます。民の疑問に対して、最終的には3つの回答が与えられます。(1)イスラエルの苦難は、【主】の責任ではなく、彼ら自身の責任である。(2)イスラエルとエドムの違い(差)を見れば、【主】がイスラエルを愛しておられるのが分かる。神の選びはイスラエルの上にある。(3)やがて「【主】の日」(大患難時代)が来ようとしている。その日には、地上の不義や不公平は、すべて清算される。
以上の3点は私たちの信仰生活にもそのまま当てはまるものです。現状に不満を感じる時、イエス・キリストにあって示された神の愛を思い出しましょう。すべての不条理は、終わりの日には清算されます。神を恐れながら、日々歩むことを学びましょう。

きょうの祈り

天の父なる神さま。「わたしはあなたがたを愛している」という言葉を感謝します。きょうもあなたを恐れながら歩むことができますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

エレミヤ書38~39、コリント人への手紙 第二7

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