8 さて、ステパノは恵みと力とに満ち、人々の間で、すばらしい不思議なわざとしるしを行っていた。
9 ところが、いわゆるリベルテンの会堂に属する人々で、クレネ人、アレキサンドリヤ人、キリキヤやアジヤから来た人々などが立ち上がって、ステパノと議論した。
10 しかし、彼が知恵と御霊によって語っていたので、それに対抗することができなかった。
教会内の問題解決のために、食卓のことに仕える人が7 人選ばれた。その中で最も重要なのが、ステパノである。彼は、使徒の働きの物語の岐路に立つ人物である。彼の死をきっかけに、物語の主役はペテロからパウロに移行して行く。さらに、宣教地はイスラエルの地から地の果てに移行して行く。
「さて、ステパノは恵みと力とに満ち、人々の間で、すばらしい不思議なわざとしるしを行っていた」。(1)ステパノは、伝道者として、「恵みと力とに満ち」て奉仕をしていた。「不思議なわざとしるし」は、使徒たちの権威と信頼性を証明するものだが、使徒たち以外に、それを行っていた伝道者が例外的に2 人いた。ステパノとピリポがそれである(使8:6)。この2 人は、使徒たちの按手によってこの賜物(使徒的権威)を得たと思われる。(2)ステパノは、ヘレニストのシナゴーグを訪問し、ナザレのイエスは、主であり救い主であるというメッセージを語った。当時、エルサレムを中心に480 の会堂(シナゴーグ)があったと言われている。同じ文化的背景のユダヤ人たちが集まり、各会堂を形成していた。その一つが、リベルテンの会堂である。(3)リベルテン(リベルティノス)の会堂とは、自由民の会堂という意味である。メンバーは、奴隷の身分から自由民になったユダヤ人たちや、親は奴隷であったが、子どもは自由民となったユダヤ人たちである。この会堂の献堂の碑文が、考古学者によって発掘されている。(4)この会堂のメンバーは、4 つのサブグループに細分化されていた。①クレネ人(リビアからの帰還民)、②アレキサンドリヤ人(エジプトからの帰還民)、③キリキヤから来た人々(サウロの出身地タルソは、キリキヤに含まれる。サウロがこの会堂のキリキヤ人グループに属していた可能性はある。また、ステパノとサウロが神学論争をした可能性もある)、④アジアから来た人々(小アジアの様々な地区から帰還したユダヤ人たち)。(5)ステパノは、リベルテンの会堂の4 つのグループと議論した。「しかし、彼が知恵と御霊によって語っていたので、それに対抗することができなかった」。理屈で対抗出来ない場合、人は力に訴える。
使徒6 章と7 章の流れは、①ステパノの逮捕、②ステパノの弁明、③ステパノの殉教の死(最後にパウロが登場する)となっている。逆風が吹いても、神の計画は進展していることを覚え、平安をいただこう。
きょうの祈り
全知全能なる神よ。あなたのご計画が挫折することはありません。それゆえ、あなたを信頼します。どうか、恵みと力とで満たしてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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エレミヤ書42~43、コリント人への手紙 第二10
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