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サムエル記第一10:25~27

25 サムエルは民に王の責任を告げ、それを文書にしるして【主】の前に納めた。こうしてサムエルは民をみな、それぞれ自分の家へ帰した。

26 サウルもまた、ギブアの自分の家へ帰った。神に心を動かされた勇者は、彼について行った。

27 しかし、よこしまな者たちは、「この者がどうしてわれわれを救えよう」と言って軽蔑し、彼に贈り物を持って来なかった。しかしサウルは黙っていた。

サウルの沈黙

王国の憲法

サウルを王とした王政が正式にスタートしました。しかしこれは、王国の体裁がいまだに整っていない中でのスタートでした。(1)サムエルは民に、王の責任を告げ、これを文書化して主の前(契約の箱の中)に納めました。この文書は、王国の憲法に相当するものです。(2)こうしてサムエルは、民をみな自分の家に帰らせました。(3)まだ王宮がなかったので、サウルもまたギブアにある自分の家に帰りました。王としての任命を受けたとはいえ、以前と何も変わらない生活が彼を待っていました。
サウル自身は、今後王国がどうなるか、また自分の運命がどうなるか、不安に思ったことでしょう。

2種類の人たち

自信のない新王サウルに対して、2種類の異なった態度が見られました。(1)「神に心を動かされた勇者は、彼(サウル)について行った」。このときサウルについて行った人たちが、近衛兵このえへいとなり、サウルの軍隊の中核を形成するようになります。彼らは、「神に心を動かされた勇者」と呼ばれています。彼らこそ、この時代の真の信仰者たちです。彼らはサウルに傾倒したというよりも、今サウルを盛り立てることが自分に与えられた主のみこころであると確信したのです。聖書が、「イスラエルの残れる者」と呼ぶのはこのような人々のことです。(2)「しかし、よこしまな者たちは、『この者がどうしてわれわれを救えよう』と言って軽蔑し、彼に贈り物を持って来なかった」。サウルを拒否した人たちは、「よこしまな者たち」と呼ばれています。彼らは主のみこころを理解せず、いつも自分中心に判断し、動いている人たちです。
軽蔑的な態度に会っても、サウルは黙っていました。今は忍耐と沈黙の時であることを、彼は知っていたのです。この時のサウルの態度は、大いに評価できます。人類救済計画は、どの時代にあっても、「イスラエルの残れる者」と呼ばれる信仰者たちの手によって推進されてきました。今も神は、現代の「イスラエルの残れる者」を呼び集めておられます。アブラハムの信仰に倣う人たちこそ、真の信仰者です。あなたは、「神に心を動かされた勇者」ですか、それとも「よこしまな者」ですか。自己吟味をしてみましょう。

きょうの祈り

アブラハム、イサク、ヤコブの神よ。どうか私を、「神に心を動かされた勇者」の中に加えてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

民数記33~34、マタイの福音書18