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マルコの福音書1:5~8

5 そこでユダヤ全国の人々とエルサレムの全住民が彼のところへ行き、自分の罪を告白して、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた。

6 ヨハネは、らくだの毛で織った物を着て、腰に皮の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。

7 彼は宣べ伝えて言った。「私よりもさらに力のある方が、あとからおいでになります。私には、かがんでその方のくつのひもを解く値うちもありません。

8 私はあなたがたに水でバプテスマを授けましたが、その方は、あなたがたに聖霊のバプテスマをお授けになります。」

先駆者ヨハネ(2)

ヨハネの風貌

前回、ヨハネはその存在自体がメッセージとなっていた人物であると書きました。彼の活動の場は荒野でした。また彼は、「ラクダの毛で織った物を着て、腰に皮の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた」のです。その風貌は、ユダヤ人たちに旧約聖書の預言者エリヤを思い出させるものでした(II列王記1:8)。人々は彼の内に、メシアの先駆者となるエリヤの姿を見たのです。
ヨハネは人々に「悔い改めのバプテスマ」を説きました。バプテスマの本来の意味は、「ある人物や教えを受け入れ、同意し、一致すること」です。ですから、「悔い改めのバプテスマ」とは、ヨハネの語る悔い改めのメッセージを受け入れ、同意したしるしとして受けるものです。これは、クリスチャンが受けるバプテスマとは違います。メシアを迎える心の準備のために受けるバプテスマです。

ヨハネのメッセージ

ヨハネの役割は、来たるべきお方(メシア)について「宣べ伝える」ことでした。彼が語ったメッセージは、次のようなものでした。(1)来たるべきお方は、自分とは比べものにならないほど素晴らしいお方である。自分には、その方の靴のひもを解く値打ちもない。つまり、奴隷の仕事をする価値さえないということです。(2)自分は水でバプテスマを授けているが、そのお方は、聖霊によるバプテスマを授けてくださる。このことは、旧約聖書では来たるべきメシアが行なってくださるしるしとして語られていました(イザヤ書44:3、エゼキエル書3626、ヨエル書2:28参照)。ペンテコステの日に、これらの預言は成就しました(使徒2章)。
自分が目立ちたい、中心にいたいというのが罪人である私たちの本来の姿です。しかし、バプテスマのヨハネは、そのような自己中心的な姿からは遠い所にいて、人々にメシアであるイエスを指し示す仕事をしました。イエスを第一にしていない時、私たちの歩みは遅々として進まず、悩みと痛みの多いものとなります。今、ヨハネの姿勢から学びましょう。主イエスを心の王座に迎えるなら、必ず聖霊の満たし、喜びが与えられます。きょう一日、バプテスマのヨハネの思いをもって生活の場に出て行きましょう。

きょうの祈り

イエス・キリストの父なる神さま。どうか私にバプテスマのヨハネの信仰と姿勢とをお与えください。心の王座に主イエスをお迎えします。キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

伝道者の書3~4、ヘブル人への手紙8