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ヨシュア記4:19〜24

19 民は第一の月の十日にヨルダン川から上がって、エリコの東の境にあるギルガルに宿営した。

20 ヨシュアは、彼らがヨルダン川から取って来たあの十二の石をギルガルに立てて、

21 イスラエルの人々に、次のように言った。「後になって、あなたがたの子どもたちがその父たちに、『これらの石はどういうものなのですか』と聞いたなら、

22 あなたがたは、その子どもたちにこう言って教えなければならない。『イスラエルは、このヨルダン川のかわいた土の上を渡ったのだ。』

23 あなたがたの神、【主】は、あなたがたが渡ってしまうまで、あなたがたの前からヨルダン川の水をからしてくださった。ちょうど、あなたがたの神、【主】が葦の海になさったのと同じである。それを、私たちが渡り終わってしまうまで、私たちの前からからしてくださったのである。

24 それは、地のすべての民が、【主】の御手の強いことを知り、あなたがたがいつも、あなたがたの神、【主】を恐れるためである。」

次世代のために

ギルガルにて

イスラエルの民の宿営地は、ギルガルでした。そこがどこなのかは、まだ発掘されていないため、わかっていません。そこで何が起こっているか、見てみましょう。
(1)彼らが宿営したのは、エリコの東の境にあるギルガルという場所でした。城塞じょうさい都市エリコが視界に入るほどの距離です。(2)時は、第1の月の10日でした。40年前のその日、イスラエルの民はエジプトにあって、過越の子羊をり分けていました。その4日後に、この子羊をほふり、過越の食事をしたのです。しかしイスラエルの民は、40年間の放浪期間、過越の祭りを祝うことを忘れていました。幻のない民は、このようになります。(3)彼らは、ヨルダン川から拾ってきた12の石をギルガルに立てました。

12の石の役割

この12の石は、二つの意味で記念となりました。(1)その石が拾われた場所はヨルダン川の真中でした。それは、主の奇跡がどこで起こったかを示すものとなりました。(2)その石はギルガルに立てられました。それは、主の奇跡がどのようなものであったかを示すものとなりました。
12の石は、永遠のしるしとなったわけではありません。大きな石ですから、相当の期間そこに立っていたことでしょうが、やがてそこから姿を消す運命にありました。しかし、少なくともそれから数世代の人々には、主の恵みと奇跡を思い出させる記念となりました。
詩篇66:6にはこうあります。「神は海を変えて、かわいた地とされた。人々は川の中を歩いて渡る。さあ、私たちは、神にあって喜ぼう」(詩篇106:9、114:3も参照)。これは、葦の海とヨルダン川を渡ったことを記念し、感謝する賛美です。私たちも、主の恵みを思い出して賛美すべきではないでしょうか。主は私の罪を十字架の上で釘付けにしてくださいました。主は墓の中からよみがえり、死に対する勝利を約束してくださいました。ハレルヤ!主の御名は、ほむべきかな。

きょうの祈り

イエス・キリストの父なる神さま。目の前の問題にばかり気を取られ、あなたがすでに勝利しておられることを忘れておりました。お赦しください。あなたの素晴らしい御名を賛美します。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

列王記第二7~8、使徒の働き23