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ローマ人への手紙12:1 〜 2

1 そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。

2 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

献身の勧め(6)

「心」の意味

前回は、受動命令形の意味について学びました。新改訳で「いや、むしろ、…心の一新によって自分を変えなさい」と訳されている箇所は、本来は受動命令形です。特に、動作の主体が神の場合は、「divine passive」(神的受動態)という専門用語があります。聖化は、「divine passive」(神的受動態)を受け入れた人に起こる祝福です。では、信者の側にはなんの責任もないのでしょうか。そうではありません。
(1)「心」という名詞は、ギリシア語で「ヌース」です。英語では「mind」でしょう。日本語の「心」という言葉のニュアンスからは、外れています。(2)「ヌース」は、知的、道徳的判断の土台になる人間の内的部分です。いわば、「自分という車」の運転席に座っている部分です。(3)それを変えるのが信者の責務です。

「一新」の意味

「一新」という名詞は、ギリシア語で「アナカイノウシス」です。(1)これは、「アナ」(再び)+「カイノス」(新しい)の合成語です。(2)その動詞形は、2コリント4:16に出ています。「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています」。「新たにされ」がそれです。(3)さらに、コロサイ3:9〜10にも出ています。「互いに偽りを言ってはいけません。あなたがたは、古い人をその行いといっしょに脱ぎ捨てて、新しい人を着たのです。新しい人は、造り主のかたちに似せられてますます新しくされ、真の知識に至るのです」。「新しくされ」がそれです。(4)以上の聖句から、パウロが使用している「アナカイノウシス」の意味が推定されます。それは、神に関する知識が日々更新されること、つまり、精神、知性、判断力の更新のことです。
以上のことを踏まえて意訳すると、「神に関する知識を日々更新することによって、キリストの似姿に造り変えていただきなさい」となります。 あくまでも動作の主体は神です。 私たちは神がしてくださることを受け入れるだけです。 私たちの側の責務は、神に関する知識を日々更新することです。そこに、聖書研究と日々のデボーションの重要性があります。「聖書研究から日本の霊的覚醒(目覚め)が」というモットーは、決して的外まとはずれなものではありません。

きょうの祈り

天の父なる神さま。すべてはあなたの恵みですが、私がなすべき責務も与えられていることを感謝します。日々「心の一新」を追求し続けることができますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

民数記13~14、詩篇19 ~ 20