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出エジプト記32:7 〜 10

7 【主】はモーセに仰せられた。「さあ、すぐ降りて行け。あなたがエジプトの地から連れ上ったあなたの民は、堕落してしまったから。

8 彼らは早くも、わたしが彼らに命じた道からはずれ、自分たちのために鋳物の子牛を造り、それを伏し拝み、それにいけにえをささげ、『イスラエルよ。これがあなたをエジプトの地から連れ上ったあなたの神だ』と言っている。」

9 【主】はまた、モーセに仰せられた。「わたしはこの民を見た。これは、実にうなじのこわい民だ。

10 今はただ、わたしのするままにせよ。わたしの怒りが彼らに向かって燃え上がって、わたしが彼らを絶ち滅ぼすためだ。しかし、わたしはあなたを大いなる国民としよう。」

怒りを覚える神

民の堕落

神は人間が考えること、行うことをすべてご存じである。「さあ、すぐ降りて行け。あなたがエジプトの地から連れ上ったあなたの民は、堕落してしまったから。彼らは早くも、わたしが彼らに命じた道からはずれ、自分たちのために鋳物の子牛を造り、それを伏し拝み、それにいけにえをささげ、・・・」。(1)礼拝が堕落した。民は鋳造の子牛を造り、それを伏し拝んだ。(2)彼らは、いけにえの制度を堕落させた。彼らは、偶像に全焼のいけにえを捧げ、和解のいけにえを供えた。(3)彼らは、出エジプトの手柄を偶像に与えた。
イスラエルの民が行った偶像礼拝には、2 種類のものがある。(1)真の宗教(ヤハウェ礼拝)が堕落(変形)したもの。金の子牛事件は、真の礼拝がゆがめられたものである。北王国イスラエルの初代王ヤロブアムは、ダンとベテルに金の子牛をえ、民がエルサレムに上らないようにした。これは「ネバテの子ヤロブアムの道」と呼ばれるもので、真の礼拝の変形である(1 列12:26 〜 30 参照)。(2)外国から導入された偶像礼拝。代表的なものがバアル礼拝である。これは豊穣神信仰であり、性的堕落が伴っていた。バアル礼拝は、預言者エリヤの時代に最も盛んになった。

神の決意

「わたしはこの民を見た。これは、実にうなじのこわい民だ。今はただ、わたしのするままにせよ。わたしの怒りが彼らに向かって燃え上がって、わたしが彼らを絶ち滅ぼすためだ。しかし、わたしはあなたを大いなる国民としよう」。(1)「うなじのこわい民」とは、「かたくなな民」(新共同訳)という意味である。(2)神は、イスラエルの民を滅ぼそうとされた。(3)神は、モーセから新しい民を誕生させると言われた。
ここでモーセは3 つのテストを受けている。(1)「あなたがエジプトの地から連れ上ったあなたの民」とある。これは、モーセが傲慢になっていないかどうかを試すテストである。(2)「今はただ、わたしのするままにせよ」とある。これは、モーセがこの状況を絶望と見るか、執りなしの祈りの機会と見るかのテスト、つまり、仲介者モーセの成長を促すためのテストである。(3)「わたしはあなたを大いなる国民としよう」とある。これは、アブラハムに語られたのと同じことばで、モーセの自己中心性を試すテストであり、彼がどの程度神の計画を理解していたかを試すテストである。試練の中でこそ受けることのできる人生のテストがある。そのテストに合格する人は、さらに次の段階に進むことができる。

きょうの祈り

イエス・キリストの父なる神さま。モーセが受けたテストは、そのまま私にも当てはまるものです。どうか霊的に成熟したクリスチャンになることができますように、私を助けてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

エレミヤ書34~35、コリント人への手紙 第二5