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出エジプト記29:43 〜 46

43 その所でわたしはイスラエル人に会う。そこはわたしの栄光によって聖とされる。

44 わたしは会見の天幕と祭壇を聖別する。またアロンとその子らを聖別して、彼らを祭司としてわたしに仕えさせよう。

45 わたしはイスラエル人の間に住み、彼らの神となろう。

46 彼らは、わたしが彼らの神、【主】であり、彼らの間に住むために、彼らをエジプトの地から連れ出した者であることを知るようになる。わたしは彼らの神、【主】である。

幕屋建設の目的

民と出会う神

祭司の聖別の最後で、幕屋建設の目的が語られる。(1)「その所でわたしはイスラエル人に会う。そこはわたしの栄光によって聖とされる」。神が指定された方法(幕屋)を通して神に近づくなら、イスラエル人は神に出会うことができる。幕屋は、民が神と出会うことのできる恵みの方法である。(2)「わたしは会見の天幕と祭壇を聖別する。またアロンとその子らを聖別して、彼らを祭司としてわたしに仕えさせよう」。幕屋を運営し、神との交わりのために用いられるのがアロンとその子たちである。それゆえ、幕屋も祭司たちも聖別される必要があった。(3)「わたしはイスラエル人の間に住み、彼らの神となろう。彼らは、わたしが彼らの神、【主】であり、彼らの間に住むために、彼らをエジプトの地から連れ出した者であることを知るようになる。わたしは彼らの神、【主】である」。出エジプトの出来事の目的は、イスラエルの民を自由にし、民の間に神が住むことのできる状況を整えることにある。民は、自分たちをエジプトから導き出したのは、【主】(ヤハウェ)という御名を持った神であることを体験的に知るようになる。

幕屋とキリストの対比

(1)幕屋は、シャカイナグローリー(神の栄光)が現れた場所である。幕屋を通して、神はイスラエルの民の間に住まわれた。また、イスラエルの民は体験的に神を知るようになった。(2)ヨハネ1:18 にはこうある。「いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである」。(3)さらに、マタイ1:23 にはこうある。「『見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる』(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である) 」。(4)ヨハネ14:9 でイエスはこう言われた。「イエスは彼に言われた。『ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。どうしてあなたは、『私たちに父を見せてください。』と言うのですか」
以上の聖句から、受肉したメシアであるイエスご自身が神の栄光の現れ、つまりシャカイナグローリーであることが分かる。新約聖書においては、イエスの肉体という幕屋の中にシャカイナグローリーが宿った。それは、神が信じる者と共にいてくださることの保証となった。主イエスはきょうも私たちと共にいてくださる。それゆえ、頭を高く上げよう。

きょうの祈り

天の父よ。主イエスの中に神の栄光を見ることができました。主イエスを見た者は父を見たのです。信じます。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

エレミヤ書6~7、コリント人への手紙 第一11