1 そこで、モーセとイスラエル人は、【主】に向かって、この歌を歌った。彼らは言った。「【主】に向かって私は歌おう。主は輝かしくも勝利を収められ、馬と乗り手とを海の中に投げ込まれたゆえに。
2 主は、私の力であり、ほめ歌である。主は、私の救いとなられた。この方こそ、わが神。私はこの方をほめたたえる。私の父の神。この方を私はあがめる。
3 【主】はいくさびと。その御名は【主】。
4 主はパロの戦車も軍勢も海の中に投げ込まれた。えり抜きの補佐官たちも葦の海におぼれて死んだ。
5 大いなる水は彼らを包んでしまい、彼らは石のように深みに下った。
エジプト軍の滅亡を見たイスラエルの民は、歓喜に満たされ【主】を称える。15 章の前半では、モーセの歌とミリアムの歌が出て来る。モーセの歌を2 回に分けて学ぶ。
(1)モーセの歌は、聖書に記録されている最初の詩である。それまでにもイスラエル人たちは【主】への歌を作り、歌っていたであろうが、聖書に記録された歌としては、これが最初のものである。(2)欧米では、韻を踏むのが一般的な詩の形式(歌や俳句では、文字数が規定されている)だが、ヘブルの詩の特徴は対句法である。つまり、似たような概念や関連したテーマが繰り返される。(3)注意したいのは、詩の形式になっていても、その歴史性が破壊されることはないという点である。詩の形式が登場した場合は、散文では表現できない感動が表現されていると理解すべきである。(4)対句法で書かれた行がいくつか集まって、連(スタンザ)を構成する。モーセの歌は3 連から成っている。
ここでのテーマは、神の性質である。モーセは、神の性質を思い浮かべながら、「【主】に向かって私は歌おう」と民に呼びかけている。(1)特に重要なのが、「その御名は【主】」(3 節)という言葉である。ここは、「その御名はヤハウェ」と固有名詞で訳すべきであろう。「ヤハウェ」は契約の神の御名である。その御名を用いることによって、モーセは出エジプトの出来事がアブラハム契約の成就であることを宣言している。(2)次に重要なのは、2 節である。「主は、私の力であり、ほめ歌である。主は、私の救いとなられた。この方こそ、わが神。私はこの方をほめたたえる。私の父の神。この方を私はあがめる」。モーセは主(「ヤハ」。「ヤハウェ」の短縮形)を「私の父の神」と呼び、「この方こそ、わが神」と宣言している。つまりイスラエルの民は、神を体験したのである。その結果、「父祖の神」として認識していた方を、「わが神」として認識するようになった。
ヘブル的には、「知る」ということは体験することである。パウロは、こう祈っている。「また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように」(エペ1:18 〜19)
きょうの祈り
イエス・キリストの父なる神さま。あなたを知る者とされたことを感謝します。さらに深くあなたを体験することができますように、私をお導きください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
年間聖書通読
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