1 ヤコブはその子らを呼び寄せて言った。「集まりなさい。私は終わりの日に、あなたがたに起こることを告げよう。
2 ヤコブの子らよ。集まって聞け。あなたがたの父イスラエルに聞け。
ヤコブは、臨終の時まで祝福を語るのを待った。息子たちにインパクトを与えるためである。48 章では、ヨセフ(マナセとエフライム)の将来が預言された。49 章では、12 部族全体の将来が預言される。(1)これは、通常の族長の祝福ではなく、預言である。聖書には、似たような預言が2 つ出て来る。創世記9:25 ~27 で、ノアが息子たち(セム、ハム、ヤペテ)について預言している。申命記33 章で、モーセは12 部族について預言している。(2)ヤコブの預言は、聖霊によるものである。預言の射程距離は非常に長い。その内容は、12 人の息子たちは偉大であるが、12 部族はさらに偉大な存在になるというものである。黙示録21:12 には、「都には大きな高い城壁と十二の門があって、それらの門には十二人の御使いがおり、イスラエルの子らの十二部族の名が書いてあった」とある。
(1)預言の内容は、要約すれば2 つで、土地の分割とメシアの家系である。(2)12 人の息子たちの名前は、出生順に挙げられているのではない。まずレアの子たち(ルベン、シメオン、レビ、ユダ、ゼブルン、イッサカル)、次にラケルの女奴隷ビルハの子(ダン)、さらにレアの女奴隷ジルパの子たち(ガド、アシェル)、再びラケルの女奴隷ビルハの子(ナフタリ)と続く。最後は、ラケルの子たち(ヨセフ、ベニヤミン)で終わる。(3)これは、各部族の将来を預言したものである。12 人の息子たちの性格が、多かれ少なかれ各部族の性格として発展するようになる。(4)最も言葉数が多い預言は、ユダとヨセフに関するものである。(5)シメオンとレビは、例外的に2 人1 組で扱われている。彼らには、祝福ではなく呪いの言葉が与えられている。
人生の本質とは何かを考えてみよう。(1)人には、自分の人生の道を選ぶ自由が与えられている。しかし自分の道を選ぶ自由とは、神によって定められ、計画された枠内における自由である。(2)12 部族にも、それぞれの生活と使命とが与えられた。彼らは、神の使命を実行するために召されたのである。(3)ヤコブは、神の計画と格闘し、人と闘う人生を生きていたが、ペニエルでの体験によって、神と和解し、神の計画と和解した(32 章)。信仰者としてのヤコブは、大きく変えられた。(4)私たちの人生は、決められていることと、自由に選べることとのバランスの中で成立するものである。人生のバランスについて黙想してみよう。
きょうの祈り
アブラハム、イサク、ヤコブの神よ。私に与えられている道を明確にお示しください。あなたの御心に従い、豊かな人生を歩むことを心から願います。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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イザヤ書26~27、ローマ人への手紙10
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