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創世記40:5~8

5 さて、監獄かんごくに監禁されているエジプト王の献酌官けんしゃくかんと調理官とは、ふたりとも同じ夜にそれぞれゆめを見た。その夢にはおのおの意味があった。

6 朝、ヨセフが彼らのところに行って、よく見ると、彼らはいらいらしていた。

7 それで彼は、自分の主人の家にいっしょに拘留こうりゅうされているこのパロの廷臣ていしんたちにたずねて、「なぜ、きょうはあなたがたの顔色が悪いのですか」と言った。

8 ふたりは彼に答えた。「私たちは夢を見たが、それを解き明かす人がいない。」ヨセフは彼らに言った。「それを解き明かすことは、神のなさることではありませんか。さあ、それを私に話してください。」

ヨセフの親切

心を開く2 人の囚人

献酌官長と調理官長の2 人が、同じ夜、それぞれ夢を見た。その夢にはおのおの意味があった。つまり、隠された意味があったということである。夢の背後には、神の摂理せつりの働きがある。神の摂理を活かすのは、人間の側の信仰による応答である。(1)ヨセフは、献酌官長と調理官長の様子が変化したことを読み取った。彼らは、いらいらしており、顔色もすぐれなかった。そこでヨセフは、「なぜ、きょうはあなたがたの顔色が悪いのですか」と尋ねた。(2)ヨセフは、付き人の責任の範囲を超えた気配りをしている。彼には、自分の問題から目を離して、他者を思いやる心があった。彼は、しもべでありながら、自由人でもあった。さらに、彼には自分から声をかける行動力があった。(3)痛みを感じている人は、声をかけられただけで励まされる。ヨセフの親切が、献酌官長と調理官長の心を開いたのである。

夢の解き明かしを求める2 人の囚人

(1)2 人の囚人しゅうじんは、見た夢の解き明かしをしてくれる人がいないので、なやんでいた。「私たちは夢を見たが、それを解き明かす人がいない」。(2)古代エジプトでは、夢には予言的な意味があると考えられていた。そのため、夢の解き明かしが研究され、夢占いを職業とする占い師たちがたくさん出た。しかし、獄中には占い師はいない。(3)ヨセフは、「それを解き明かすことは、神のなさることではありませんか。さあ、それを私に話してください」と答えた。彼は監獄の中でも、神の権威に対して絶対的な信頼を置いていたのである。彼は神に栄光をし、自分に栄光が来ないための予防線を張っている。(4)聖書の中で夢の解き明かしをしている人物が2 人いる。ヨセフとダニエルである。彼らは、ともに異国にあって異教の王に仕えた。ヨセフが住んだエジプトでも、ダニエルが住んだバビロンでも、ともに夢の解き明かしについては大きな関心が払われていた。そのような状況の中で、彼らは、アブラハム、イサク、ヤコブの神のみが、真に権威を持ったお方であることを証言した。
神の摂理を活かすかどうかは、私たちの側の応答にかかっている。ヨセフを監獄から解放することのできる神は、私たちをも苦難から救い出すことがおできになる。神の摂理を活かす生き方とは、愛と信仰を第一として生きることである。隣人りんじんの必要に関心を払い、自分から行動を起こしているかどうか、自己吟味じこぎんみをしてみよう。ヨセフは私たちの手本である。

きょうの祈り

アブラハム、イサク、ヤコブの神よ。きょうもあなたの摂理の御手が働いています。どうか愛と信仰を第一として生きることができますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

列王記第一3~4、使徒の働き13