21 サウルは言った。「私は罪を犯した。わが子ダビデ。帰って来なさい。私はもう、おまえに害を加えない。きょう、私のいのちがおまえによって助けられたからだ。ほんとうに私は愚かなことをして、たいへんなまちがいを犯した。」
22 ダビデは答えて言った。「さあ、ここに王の槍があります。これを取りに、若者のひとりをよこしてください。
23 【主】は、おのおの、その人の正しさと真実に報いてくださいます。【主】はきょう、あなたを私の手に渡されましたが、私は、【主】に油そそがれた方に、この手を下したくはありませんでした。
24 きょう、私があなたのいのちをたいせつにしたように、【主】は私のいのちをたいせつにして、すべての苦しみから私を救い出してくださいます。」
25 サウルはダビデに言った。「わが子ダビデ。おまえに祝福があるように。おまえは多くのことをするだろうが、それはきっと成功しよう。」こうしてダビデは自分の旅を続け、サウルは自分の家へ帰って行った。
ダビデの弁明を聞いて、サウルは心を動かされました。同じことのくり返しですが、サウルはもう一度自分の愚かさを認識し、それを告白します。「私は罪を犯した。わが子ダビデ。帰って来なさい」とは、ギブアにある王宮に帰って来いという誘いです。(1)ダビデは、サウルがすぐに心変わりすることを知っていますので、その招きには応じていません。(2)ダビデは、槍を取りに来るよう誰か若者に命じてくださいとサウルに言い、自分は主に油注がれた者に手を下したくないと表明します。(3)ダビデの確信は、主が自分のいのちを必ず守ってくださるというものでした。彼は、「きょう、私があなたのいのちをたいせつにしたように、主は私のいのちをたいせつにして、すべての苦しみから私を救い出してくださいます」と語っています。(4)その言葉を聞いて、サウルはダビデを祝福しています。
かくしてふたりは、別々の道を進むことになりました。ダビデは放浪生活を続け、サウルは自分の王宮に戻って行きました。この別れは、ふたりにとって最後の別れとなりました。これ以降、ふたりが生きたまま出会うことはありませんでした。
放浪生活の間、ダビデがどのような原則で行動したかを見てみましょう。(1)彼は戦うことは恐れていませんでした。ただ、無益な戦いを避けたいと願っていたのです。(2)彼は、サウル王に手を下すことを恐れました。それは、サウルが主に油注がれた者だからです。(3)彼は同胞のユダヤ人を殺すことは、できるだけ避けていました。つまり、内戦を激化させる意図はなかったということです。(4)さらに彼は、政府を転覆させるような活動はいっさいしていません。これもまた、主への恐れから出たことです。(5)彼がしたことは、自分と自分に付き従う者たちを守ることでした。
以上の行動原則の背後にあるのは、主への全き信頼です。主に信頼し、主に裁きをゆだねた人こそ、あらゆる状況の中を生き延びることのできる人です。
きょうの祈り
イエス・キリストの父なる神さま。どうか私に、状況に左右されない心の平安をお与えください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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