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マタイの福音書17:1 ~ 3

1 それから六日たって、イエスは、ペテロとヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた。

2 そして彼らの目の前で、御姿みすがたが変わり、御顔みかおは太陽のように輝き、御衣みころもは光のように白くなった。

3 しかも、モーセとエリヤが現れてイエスと話し合っているではないか。

イエスの変貌

栄光の輝き

「ここに立っている人々の中には、人の子が御国とともに来るのを見るまでは、決して死を味わわない人々がいます」(マタ16:28)。この約束が与えられてから6 日経って、イエスは3 人の弟子たち(ペテロ、ヤコブ、ヨハネ)を連れて高い山に上られた。この山に関しては、タボル山説とヘルモン山説があるが、タボル山頂には要塞ようさいと偶像の宮があったので、恐らくヘルモン山であろう。変貌山の出来事は、マタイ16:28 の預言の成就である。
(1)祈りの中で、イエスの御姿が栄光にかがやき始めた。この栄光の輝き(シャカイナ・グローリー)は、イエスがメシア的王国(千年王国)でお持ちになる栄光そのものである。(2)出エジプト32 ~34 章には、モーセの顔が輝いたという記事がある。モーセは、シャカイナ・グローリーを反射させただけで、内側から光が輝いたわけではない。イエスの場合は、シャカイナ・グローリーが内側から輝き出た。それまでは肉体という幕屋によってさえぎられていたシャカイナ・グローリーが、肉体を通り抜けて輝き出たのである。(3)この出来事は、イエスのメシア性を証明している。人からは拒否きょひされたイエスが、天の父からはメシアであるとの保証を受けたのである。さらにこれは、やがて実現するメシア的王国(千年王国)の予表でもある(2 ペテ1:16 ~18)。

モーセとエリヤ

(1)モーセとエリヤが現れて、「イエスがエルサレムで遂げようとしておられるご最期さいごについて」(ルカ9:31)、イエスと話し合っていた。「ご最期」と訳された言葉は、原文では「出エジプト」という意味である。イエスの十字架は、人間性の制約からイエスを解放するものとなる。と同時に、信者を罪から解放する力ともなる。そういう意味で、十字架の死は「出エジプト(解放の出来事)」という言葉で表現されるのである。(2)この光景は、イエスが旧約聖書(律法と預言者)の成就として来られたメシアであることを表している。(3)さらにこれは、死後のいのちの保証ともなっている。モーセは死から復活する聖徒の代表であり、エリヤは死なずして天にあげられる(携挙けいきょされる)聖徒の代表である。さらに言うなら、3 人の弟子たちは、肉体を持ったままで千年王国に入る聖徒たちの予表である。
死後のいのちがあることを確信する人は幸いである。やがてシャカイナ・グローリーに包まれて生きるようになることを知っている人は、幸いである。今、栄光に満ち満ちた三位一体の神を礼拝しようではないか。

きょうの祈り

天の父なる神さま。私に永遠のいのちの保証を与えてくださり感謝します。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

ルツ記3~4、詩篇113 ~ 114