9 私は前にあなたがたに送った手紙で、不品行な者たちと交際しないようにと書きました。
10 それは、世の中の不品行な者、貪欲な者、略奪する者、偶像を礼拝する者と全然交際しないようにという意味ではありません。もしそうだとしたら、この世界から出て行かなければならないでしょう。
11 私が書いたことのほんとうの意味は、もし、兄弟と呼ばれる者で、しかも不品行な者、貪欲な者、偶像を礼拝する者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪する者がいたなら、そのような者とはつきあってはいけない、いっしょに食事をしてもいけない、ということです。
12 外部の人たちをさばくことは、私のすべきことでしょうか。あなたがたがさばくべき者は、内部の人たちではありませんか。
13 外部の人たちは、神がおさばきになります。その悪い人をあなたがたの中から除きなさい。
前回は不品行の問題が取り上げられていましたが、きょうの箇所はその続きです。パウロは、「私は前にあなたがたに送った手紙で、不品行な者たちと交際しないようにと書きました。」と語っています。つまり、今私たちが『コリント人への手紙第一』と呼んでいる手紙の前に、もう一通の手紙があったことになります。その手紙の中でパウロは、「不品行な者たちと交際しないように」と書いたわけですが、その真意はコリントのクリスチャンたちに十分に伝わらなかったようです。そこで彼は、さらに詳しく指示を出すことにしたのです。
(1)コリントの町は、道徳的に堕落した環境の中にありました。そこには、不品行な者、貪欲な者、略奪する者、偶像礼拝者などが多く住んでいました。(2)もし、それらの人たちとの交際を禁止するなら、クリスチャンたちは家庭生活も、社会生活も不可能となり、コリントの町には住めなくなります。(3)パウロが書いたことの真意は、「兄弟」と呼ばれる者との付き合い、つまり、教会内での交わりをどうするかということです。(4)信者でありながら、罪の中にとどまっているような人とは付き合ってはならないとパウロは教えます。先ほどの「不品行な者、貪欲な者、略奪する者、偶像礼拝者」というリストに、「人をそしる者、酒に酔う者」という新しいリストが付け加わっています。
不品行に関するパウロの結論はこうです。(1)教会外の人たちのことは、神が裁かれるので神に委ねておけばよい。(2)しかし、教会内の罪の問題に関しては、そのまま放置しておいてはならない。罪の悔い改めを迫り、もし悔い改めがないなら、その「悪い人」を教会の交わりから取り除く必要がある。
もう一度、「あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。」(5:6)という言葉の意味を黙想してみましょう。
きょうの祈り
聖なる神よ。どうか、私の内から古いパン種を取り除いてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
年間聖書通読
エゼキエル書48、ホセア書1、詩篇83~84
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