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ゼカリヤ書11:15~17

15 【主】は私に仰せられた。「あなたは、もう一度、愚かな牧者の道具を取れ。

16 見よ。わたしはひとりの牧者をこの地に起こすから。彼は迷い出たものを尋ねず、散らされたものをさがさず、傷ついたものをいやさず、飢えているものに食べ物を与えない。かえって肥えた獣の肉を食らい、そのひづめを裂く。

17 ああ。羊の群れを見捨てる、能なしの牧者。剣がその腕とその右の目を打ち、その腕はなえ、その右の目は視力が衰える。」

愚かな牧者

ゼカリヤの第2の使命

ゼカリヤに与えられた最初の使命は、よき羊飼いとして「ほふられる羊の群れを飼う」ことでした。きょうの箇所で第2の使命が与えられます。「あなたは、もう一度、愚かな牧者の道具を取れ」(15節)。ゼカリヤは愚かな牧者の役割を演じます。「愚かな牧者の道具」とありますが、それはよき羊飼いの道具と同じです。道具は同じでも、その使い方が正反対だということです。
愚かな牧者の役割を演じる理由は、神がひとりの偽牧者を起こされるからです。「見よ。わたしはひとりの牧者をこの地に起こすから」(16節a)とあります。愚かな牧者と真の牧者の間には、大きな違いがあります。「彼は迷い出たものを尋ねず、散らされたものを捜さず、傷ついたものをいやさず、飢えているものに食べ物を与えない。かえって肥えた獣の肉を食らい、そのひづめを裂く」(16節b)。(1)真の牧者は迷い出た羊や散らされた羊を捜し出しますが、愚かな牧者はそうではありません。(2)真の牧者は傷ついた羊をいやし、食べ物を与えますが、愚かな牧者はそうではありません。(3)愚かな牧者は、肥えた羊をほふって食べ、そのひづめを裂きます。つまり、自分の要求を満たし、自らが富むために羊を犠牲にするということです。(4)17節では、愚かな牧者に対するのろいの宣言がなされています。「ああ。羊の群れを見捨てる、能なしの牧者。剣がその腕とその右の目を打ち、その腕はなえ、その右の目は視力が衰える」

愚かな牧者の出現

イスラエルの歴史の中で、自らをメシアと宣言したのは、イエスが最初です。それからおよそ100年後に、自らをメシアと称する第2の人物が現れます。それが、バル・コクバという人物です。彼が指導者となって、ローマに対する反乱が起こります(バル・コクバの乱、132 ~ 135年)。ラビ・アキバがバル・コクバをメシアであると宣言したために、メシアニック・ジューたちは、この乱から手を引きました。この乱でローマ軍はユダヤ人を壊滅かいめつ状態に陥れ、2度と反抗することができないようにしました。17節の呪いのことばは、バル・コクバの上に成就しました。
今でもユダヤ人たちは、イエスが真の牧者であることを認めていません。ユダヤ人の救いは、メシアの再臨と深く関係しています。彼らの霊の目が開かれるように祈りましょう。私たちに関しては、よき牧者であるイエス・キリストに信頼を置いて歩もうではありませんか。

きょうの祈り

イスラエルの神よ。あなたの民イスラエルの霊の目が開かれますように。彼らが、イエスをイスラエルのメシアとして信じることができますように、祈ります。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

エレミヤ書8~9、コリント人への手紙 第一12

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