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ゼカリヤ書8:1~8

1 次のような万軍の【主】のことばがあった。

2 万軍の【主】はこう仰せられる。「わたしは、シオンをねたむほどはげしく愛し、ひどい憤りでこれをねたむ。」

3 【主】はこう仰せられる。「わたしはシオンに帰り、エルサレムのただ中に住もう。エルサレムは真実の町と呼ばれ、万軍の【主】の山は聖なる山と呼ばれよう。」

4 万軍の【主】はこう仰せられる。「再び、エルサレムの広場には、老いた男、老いた女がすわり、年寄りになって、みな手に杖を持とう。

5 町の広場は、広場で遊ぶ男の子や女の子でいっぱいになろう。」

6 万軍の【主】はこう仰せられる。「もし、これが、その日、この民の残りの者の目に不思議に見えても、わたしの目に、これが不思議に見えるだろうか。─万軍の【主】の御告げ─」

7 万軍の【主】はこう仰せられる。「見よ。わたしは、わたしの民を日の出る地と日の入る地から救い、

8 彼らを連れ帰り、エルサレムの中に住ませる。このとき、彼らはわたしの民となり、わたしは真実と正義をもって彼らの神となる。」

将来起こる回復とエルサレムの繁栄(1)

シオンへの愛

きょうの箇所は、ゼカリヤの時代よりも先の時代になって成就することの預言です。万軍の【主】は、ゼカリヤを通してこう言われました。「わたしは、シオンをねたむほど激しく愛し、ひどい憤りでこれをねたむ」(2節)。これはゼカリヤ1:14のくり返しです。紀元70年以降、イスラエルの民は全世界に離散し、エルサレムは異邦人が支配する町となりました。その状態がおよそ1900年も続きましたが、1948年になって、イスラエルの民はようやく祖国の独立を見るようになりました。これは、【主】がシオンを見捨てておられないことの証拠です。

将来の約束

「【主】はこう仰せられる。『わたしはシオンに帰り、エルサレムのただ中に住もう。エルサレムは真実の町と呼ばれ、万軍の【主】の山は聖なる山と呼ばれよう』」(3節)。「シオンに帰り」とは、再臨の預言です。(1)ホセア5:15 ~6:3に同じ預言がありました。「彼らが自分の罪を認め、わたしの顔を慕い求めるまで、わたしはわたしの所に戻っていよう。彼らは苦しみながら、わたしを捜し求めよう。『さあ、【主】に立ち返ろう。主は私たちを引き裂いたが、また、いやし、私たちを打ったが、また、包んでくださるからだ。…主は暁の光のように、確かに現れ、大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される』」。この聖句は、民の悔い改めと、メシアの再臨を預言しています。(2)マタイ233739にも再臨の預言があります。「ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者。わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。…見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。あなたがたに告げます。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に』とあなたがたが言うときまで、あなたがたは今後決してわたしを見ることはありません」。この聖句でも、民の悔い改めがメシア再臨の条件であることが預言されています(次回に続く)。
7章で紹介されたテーマは断食でしたが、8章の冒頭では、断食(悲しみの表現)が喜びに変えられることが預言されています。これは悲しむ民への励ましのメッセージです。私たちが地上生活で経験するいかなる悲しみも、やがて喜びに変えられます。この希望は、今を生きる力となります。

きょうの祈り

天の父なる神さま。イスラエルの民は、メシア再臨の希望のメッセージを聞きました。私もまた、メシアの再臨を待ち望む者とされました。きょうもこの希望をもって歩むことができますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

イザヤ書40~41、箴言28

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