7 ダリヨスの第二年のシェバテの月である第十一の月の二十四日に、イドの子ベレクヤの子、預言者ゼカリヤに、次のような【主】のことばがあった。
8 夜、私が見ると、なんと、ひとりの人が赤い馬に乗っていた。その人は谷底にあるミルトスの木の間に立っていた。彼のうしろに、赤や、栗毛や、白い馬がいた。
9 私が、「主よ。これらは何ですか」と尋ねると、私と話していた御使いが、「これらが何か、あなたに示そう」と私に言った。
10 ミルトスの木の間に立っていた人が答えて言った。「これらは、地を行き巡るために【主】が遣わされたものだ。」
11 すると、これらは、ミルトスの木の間に立っている主の使いに答えて言った。「私たちは地を行き巡りましたが、まさに、全地は安らかで、穏やかでした。」
ゼカリヤは8つの連続した幻を神から見せられます。それが起こったのは、「ダリヨスの第二年のシェバテの月である第十一の月の二十四日」(前520年)、つまり、ゼカリヤが預言者としての召命を受けてから3カ月後のことでした(1:1参照)。彼は、一夜に連続した8つの幻を見せられます。それらの幻は、イスラエル、特にエルサレムの将来に対する神の計画を啓示するものでした。きょうはその最初の幻を見てみます。
この幻を理解するために、まず結論を書いておきます。(1)この幻に登場する「赤い馬に乗った人」、「ゼカリヤと話している御使い」、「【主】の使い」はすべて同一人物です。旧約聖書で「【主】の使い」というと、受肉前の第2位格の神を指します。(2)この幻が伝えている教えは、異邦人諸国は契約の民イスラエルを苦しめているが、神はエルサレムをねたむほど愛しておられるがゆえに、必ずご自身の民を回復されるというものです。それでは、きょうの箇所を見てみましょう。
(1)「夜、私が見ると」(8節)とあります。預言者に幻が与えられるのは、通常夜の時間帯です。これは夢ではありません。(2)「谷底」(8節)という言葉は、口語訳では「谷間」と訳されています。本来の意味は、「低い地、窪地」と言った意味で、象徴的に異邦人世界を表しています。(3)「赤や、栗毛や、白い馬」は、異邦人世界の統治を司る天的存在(天使たち)を象徴しています。「これらは、地を行き巡るために【主】が遣わされたものだ」(10節)とあります。「地を行き巡る」とは、天使の活動を表現する言葉です(ヨブ1:7、2:2参照)。(4)天使たちは、こう答えています。「私たちは地を行き巡りましたが、まさに、全地は安らかで、穏やかでした」(11節)。彼らは異邦人世界を観察して回るという使命を終えましたが、地上の人々はすべて安らかそうに住んでいました。これは朗報のように聞こえますが、イスラエルにとっては悲劇的な情報です。なぜなら、神がイスラエルに対して持っておられる計画が何も進展していないということだからです。イスラエルは、異邦人諸国に踏みにじられ、抑圧されたままです。神はそれをいつまで放置しておかれるのでしょうか。失望する必要はありません。時が来たなら、神は必ずご自身の民を解放し、祝福されるからです。次回、その祝福の約束について学びます。
きょうの祈り
イスラエルの神よ。あなたはご自身の民を見捨てることのない方です。どうか私の人生にもご介入くださり、私を義の道へとお導きください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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イザヤ書4~5、ローマ人への手紙3
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