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使徒の働き19:23 ~ 27

23 そのころ、この道のことから、ただならぬ騒動が持ち上がった。

24 それというのは、デメテリオという銀細工人がいて、銀でアルテミス神殿の模型を作り、職人たちにかなりの収入を得させていたが、

25 彼が、その職人たちや、同業の者たちをも集めて、こう言ったからである。「皆さん。ご承知のように、私たちが繁盛しているのは、この仕事のおかげです。

26 ところが、皆さんが見てもいるし聞いてもいるように、あのパウロが、手で作った物など神ではないと言って、エペソばかりか、ほとんどアジヤ全体にわたって、大ぜいの人々を説き伏せ、迷わせているのです。

27 これでは、私たちのこの仕事も信用を失う危険があるばかりか、大女神アルテミスの神殿も顧みられなくなり、全アジヤ、全世界の拝むこの大女神のご威光も地に落ちてしまいそうです。」

エペソでの騒動(1)

はじめに

使徒の働きは、7つの教会成長レポートによって内容が7つに区切られている。今私たちは、第7番目の区分(使19212831)、「ローマに至る教会の広がり」の箇所に来ている。
パウロは、エルサレムに上る前に、もう少しエペソで奉仕をしようと考えていたが、予定よりも早くエペソを出ることになる。その理由は、予期せぬ暴動事件が起こったからである。これまでパウロが受けてきた迫害は、ユダヤ人からのものが主であった。しかし、エペソでは異邦人からの迫害が起こる。ピリピでも異邦人からの迫害があった。パウロは、女奴隷の主人たちからの迫害にあった(使1619)。異邦人からの迫害は、経済的理由によるものである。パウロの無罪性を証明するために、ルカは詳細にエペソでの騒動を記録している。またそれは、キリスト教がローマ帝国の公認宗教であることを確認させるためでもある。

エペソについての復習

エペソは、アジアとヨーロッパを結ぶ重要な港町であった。前1044年に建設された古代からある商業都市である。前4世紀以降、ギリシア風都市となった(アレキサンダー大王と後継者たちによる町作り)。前2世紀の終わりに、ローマが支配する都市となった。大いに栄えた商業都市で、当然のことながらアジア州の首都となった。パウロの時代、商業都市としては最盛期を過ぎていた。カイストロス川の土砂が、港に堆積し始めたからである。この町は、ユダヤ人にも寛容だったので、多くのユダヤ人が住んでいた。世界の七不思議の一つアルテミス神殿があった。サイズは66m × 130m(127本の柱)で、アテネのパルテノン神殿の4倍もあった。アレキサンダー大王が建設資金の援助をしたと言われている。アルテミスは、多数の乳房を持った豊穣の女神である。エペソは、アジアにおける偶像礼拝と売春の中心地であった。つまり、地域経済もアルテミス信仰によって潤っていたということである。ここでパウロは、約3年にわたって伝道を継続し、生涯で最大の成果を上げた。黙示録2章に出て来る「七つの教会」は、この期間に設立された。
パウロは数々の苦難を通過したが、そこには深い意味があった。苦難の意味を認めない信仰は、聖書的キリスト教ではない。苦難は、私たちの信仰を強め、私たちを次の段階へと導く神の使いである。エペソでの騒動を見ながら、私たちはそのことを学ぼうとしている。試練の中に神の導きを見る人は幸いである。

きょうの祈り

恵み深き父なる神さま。苦難は私の信仰を強め、私を次の段階へと導く神の使いだと知りました。試練の中で、私を導いてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

レビ記8 ~ 9、ヨハネの福音書19

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