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アモス書7:4~6

4 神である主は、私にこのように示された。見よ。神である主は燃える火を呼んでおられた。火は大淵おおふちを焼き尽くし、割り当て地を焼き尽くそうとしていた。

5 私は言った。「神、主よ。どうか、おやめください。ヤコブはどうして生き残れましょう。彼は小さいのです。」

6 主はこのことについて思い直し、「このことも起こらない」と神である主は仰せられた。

燃える火の幻

アモスが見た第二の幻

この箇所も定型句で始まっています。「神である主は、私にこのように示された」。アモスが主から示された第二の幻は、燃える火でした。
(1)激しい火が燃え広がり、水源を枯渇こかつさせ、耕地の作物を枯れさせようとしています。これは、北王国にとっては存亡そんぼうの危機です。燃える火は、アッシリヤの侵略を象徴しています。(2)ここでも、前回のいなごの害の時と同じように、アモスは必死になってとりなし、裁きが中止されるように祈り求めます。「神、主よ。どうか、おやめください。ヤコブはどうして生き残れましょう。彼は小さいのです」。(3)神は再び、アモスの祈りを聞き入れ、迫り来る脅威きょうい撤回てっかいされます。「主はこのことについて思い直し、『このことも起こらない』と神である主は仰せられた」とあるとおりです。

とりなしの祈りの力

神は人とは異なりますので、後悔したり、思い直したりすることはありません。聖書の中に、「神が悔いた」とか、「神が思い直した」とかいった表現が出てきた場合、それは、ある条件が満たされたなら、下そうとしていた裁きを撤回すると神が決めておられることを示しています。旧約聖書に出てくるとりなしの祈りの代表例は、モーセがイスラエルの民のためにとりなした祈りです(出エジプト32 章)。その中で、モーセはこう祈っています。「どうか、あなたの燃える怒りをおさめ、あなたの民へのわざわいを思い直してください」(出エジプト3212)。神はこの祈りをお聞きになりました。
新約聖書に出てくるとりなしの祈りの最高峰は、十字架上での主イエスの祈りです。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」(ルカ2334)。この祈りによって、私たちは赦されました。そして今も、主イエスは私たちのためにとりなしておられます。「罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです」(ローマ8:34)。罪赦された者として、私たちもとりなしの祈りをささげるうつわとならせていただきましょう。主は、とりなし手が現れることを待っておられます。

きょうの祈り

イエス・キリストの父なる神さま。どうか私を、とりなしの器と変えてください。この国にリバイバルを来たらせるために、私を祈りの人に造り変えてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

民数記27~28、マタイの福音書14

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