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アモス書7:1~3

1 神である主は、私にこのように示された。見よ。王が刈り取ったあとの二番草にばんぐさが生え始めたころ、主はいなごを造っておられた。

2 そのいなごが地の青草を食い尽くそうとしたとき、私は言った。「神、主よ。どうぞお赦しください。ヤコブはどうして生き残れましょう。彼は小さいのです。」

3 主はこのことについて思い直し、「そのことは起こらない」と主はおおせられた。

いなごの幻

アモスが見た幻

7~ 9 章は、アモス書の第三区分に当たる箇所で、そこにはアモスが見た五つの幻が記されています。これは、北王国イスラエル(10部族)の滅亡を預言するものです。これまでにもアモスは北王国の滅亡を預言してきましたが、7~ 9章に出てくる幻を通した預言は、民の心により強く訴えかけるために与えられたものです。
(1)「神である主は、私にこのように示された」とあります(同じ表現が、7:1、4、7、8:1に出てきます)。これは、アモスが語る内容が、自分自身からではなく、神から出たものであることを示しています。主のしもべは、主のみこころを語らなければなりません。そうでないなら、その者はにせ預言者、にせ教師です。(2)彼が見た幻は、いなごの害です。「いなご」は、アッシリヤ軍の侵略を象徴するものです。(3)「王が刈り取ったあとの二番草が生え始めたころ」とあります。これは、王に納めるべき年貢ねんぐを刈り取り、民の取り分が生え始めたころを指しています。ちょうどそのころに、いなごの大群が発生したのです。(4)そのいなごの大群が、地の青草を食べつくそうとしています。このまま放置するなら、10部族は滅びるしかありません。これは、アッシリヤの大群が攻めて来る様子を示したものです。

アモスのとりなし

これから起ころうとしている絶望的な幻を見せられたアモスは、主の前に必死にとりなしを始めます。(1)彼は、この災害が10 部族の犯している罪のゆえであることを知っています。「神、主よ。どうぞお赦しください」との祈りは、民を代表しての罪の告白です。(2)「ヤコブはどうして生き残れましょう。彼は小さいのです」との祈りは、神の慈悲じひを求めるものです。私たちの祈りもまた、常に神の良き性質(愛と恵みに富むお方)に訴えかけるものでなければなりません。祈りは、私たちの熱心さによってではなく、神の愛と恵みのゆえに聞かれるのです。(3)「主はこのことについて思い直し、『そのことは起こらない』と主は仰せられた」とあります。「思い直し」とは、人間的な表現を用いて、神が私たちを取り扱われる際の原則を教えたものです。神はご自身の恵みによって、もし人が悔い改めるなら、裁きを中止する(あるいは、延期する)ことに決めておられるのです。ここでは、アモスによる罪の告白ととりなしがあったので、裁きは延期されたのです。
私たちも、とりなしの祈りの力を再認識し、祖国のため、家族のため、また隣人のために祈ろうではありませんか。義人の祈りには、力があります。

きょうの祈り

天の父なる神さま。どうかこの国の罪を赦してください。リバイバルを来たらせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

民数記25~26、マタイの福音書13

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