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アモス書3:1~10

1 イスラエルの子らよ。主があなたがた、すなわちわたしがエジプトの地から連れ上ったすべての氏族について言った、このことばを聞け。

2 わたしは地上のすべての部族の中から、あなたがただけを選び出した。それゆえ、わたしはあなたがたのすべてのとがをあなたがたにむくいる。

3 ふたりの者は、仲がよくないのに、いっしょに歩くだろうか。

4 獅子ししは、獲物がないのに、森の中でほえるだろうか。若い獅子は、何も捕らえないのに、そのほら穴から叫ぶだろうか。

5 鳥は、わながかけられないのに、地の鳥網とりあみにかかるだろうか。鳥網は、何も捕らえないのに、地からはね上がるだろうか。

6 町で角笛が鳴ったら、民は驚かないだろうか。町にわざわいが起これば、それは主が下されるのではないだろうか。

7 まことに、神である主は、そのはかりごとを、ご自分のしもべ、預言者たちに示さないでは、何事もなさらない。

8 獅子がほえる。だれが恐れないだろう。神である主が語られる。だれが預言しないでいられよう。

9 アシュドデの宮殿と、エジプトの地の宮殿に告げて言え。「サマリヤの山々の上に集まり、そのうちの大恐慌と、その中のしいたげを見よ。

10 彼らは正しいことを行うことを知らない。─主の御告げ─彼らは自分たちの宮殿で、暴虐と暴行を重ねている。」

「このことばを聞け」で始まる裁きの預言(1)

アモス書の第2区分

すでに見た1 ~2 章は、アモス書の第一区分でした。そこでは、諸国に対する裁きが預言されていましたが、その最後は北王国イスラエルに対するものでした。これから扱おうとしている3~6章は第二区分(本書の主要部)で、特に北王国イスラエルに対して語られた預言です。アモスはイスラエルの民の罪悪を指摘し、真の悔い改めを呼びかけます。もし悔い改めないなら、滅亡と捕囚が待っていると預言します。
「このことばを聞け」という形で始まる裁きの預言が三つ続きます。(3:1、4:1、5:1)。さらに、「ああ」で始まる裁きの預言が二つ続きます(5:18、6:1)。つまり、合計五つの裁きの預言が語られるわけです。順次それらの預言を見ていきましょう。

イスラエルの三つの罪

イスラエルは三つの罪のゆえに裁かれます。(1)イスラエルは地上の民族の中で、特殊な地位を与えられました。彼らは主によってエジプトから連れ出された民、主によって選び出された民です。「選び出した」というのは原語では「知った」という言葉です。つまり、主はイスラエルの民と契約関係に入ったということです。特権を与えられた者には、多くの責任が伴います。これは、今も生きている霊的原則です。その特権にふさわしい歩みをしていなかったために、イスラエルの民は裁かれるのです。しかも、その裁きは一般の諸国に対するものよりもさらにきびしいものとなります。(2)すべての現象には、因果関係があります。3~ 6a節で、種々の因果関係が例示されています。6b~ 8節では、その因果関係の原則が預言者の活動に適用されます。つまり、預言者が語る(結果)のは神が語られた(原因)からである、また、神が裁きを下される(結果)のはイスラエルの民が罪を犯した(原因)からであるというのです。(3)イスラエルの民はサマリヤにある宮殿で「暴虐と暴行を重ねて」いました。サマリヤの町は周りを高い山々で囲まれていました。ペリシテ人(アシュドデの宮殿)とエジプト人(エジプトの地の宮殿)が証人として呼び出されています。その山々に登って、サマリヤの宮殿の罪を目撃するためです。
あなたは自分が救われたという事実だけで安心して、怠惰たいだになっていませんでしたか。イスラエルの民の罪から教訓を学びましょう。主の選びには「クリスチャンとしての責務」が伴っています。自分の人生が「神の栄光」を表すものとなるように、祈り、行動しましょう。

きょうの祈り

イスラエルの神よ。きょうも「神の栄光」を第一目標として歩むことができますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

民数記11~12、マタイの福音書8