21 地よ。恐れるな。楽しみ喜べ。主が大いなることをされたからだ。
22 野の獣たちよ。恐れるな。荒野の牧草はもえ出る。木はその実をみのらせ、いちじくの木と、ぶどうの木とは豊かにみのる。
23 シオンの子らよ。あなたがたの神、主にあって、楽しみ喜べ。主は、あなたがたを義とするために、初めの雨を賜わり、大雨を降らせ、前のように、初めの雨と後の雨とを降らせてくださるからだ。
24 打ち場は穀物で満ち、石がめは新しいぶどう酒と油とであふれる。
25 いなご、ばった、食い荒らすいなご、かみつくいなご、わたしがあなたがたの間に送った大軍勢が、食い尽くした年々を、わたしはあなたがたに償おう。
26 あなたがたは飽きるほど食べて満足し、あなたがたに不思議なことをしてくださったあなたがたの神、主の名をほめたたえよう。わたしの民は永遠に恥を見ることはない。
27 あなたがたは、イスラエルの真ん中にわたしがいることを知り、わたしがあなたがたの神、主であり、ほかにはないことを知る。わたしの民は永遠に恥を見ることはない。
前回の箇所では、イスラエルに対する第三の侵入が人間の軍隊によるものであることが預言されていました。しかし、イスラエルを滅ぼそうとする軍隊はすべて滅ぼされます(ハルマゲドンの戦い)。主がイスラエルのために戦い、勝利されるからです。その時、三つのものが喜びます。(1)全知が喜びます。主が大いなることをされるからです。(2)動物界も喜びます。不毛の地である荒野に牧草が生え、豊かな食物が約束されるからです。また、かつては枯れていたいちじくの木やぶどうの木も、豊かな実りを付けるようになります。(3)イスラエルの民(シオンの子ら)もまた、主にあって楽しみ喜ぶようになります。
以上の預言は、すべてメシア的王国(千年王国)に関係したものです。メシアの再臨によって、被造の世界は再びかつての栄光を回復するようになります。
イスラエルの民が喜ぶ理由がなんであるか、考えてみましょう。(1)彼らにはメシアが与えられます。23節には「初めの雨を賜わり」とありますが、これは「義の教師を賜わり」と訳すべき言葉です。つまり、イスラエルの民には「義の教師」であるメシアが与えられるということです。メシアが与えられるということ以上の喜びはありません。(2)イスラエルの地には、季節ごとに必要な雨が与えられます。秋に降るのが初めの雨、春に降るのが後の雨です。それらの雨によって豊かな収穫が保障され、打ち場は穀物で満ち、石がめは新しいぶどう酒と油とで溢れるようになります。(3)神の裁きを受けて苦しんだ年数と同じ期間、主からの祝福が注がれます。その結果、イスラエルの民は主の御名をたたえるようになります。
きょうの箇所のまとめが27 節です。「あなたがたは、イスラエルの真ん中にわたしがいることを知り、わたしがあなたがたの神、主であり、ほかにはないことを知る。わたしの民は永遠に恥を見ることはない」。なんとすばらしい約束のことばでしょうか。私たちの神は、確かに私たちの真ん中にいてくださいます。日々主とともに歩んでいるという確信こそ、クリスチャンの誇りであり力です。きょうも主に従ってこの世に出て行こうではありませんか。
きょうの祈り
アブラハム、イサク、ヤコブの神よ。あなたは私たちの真ん中にいて、私たちが恥を見ることがないようにしてくださいます。きょうもあなたにお従いします。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン
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レビ記8~9、ヨハネの福音書19
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