サポートする

ホセア書1:8~9

8 ゴメルは、ロ・ルハマを乳離ちばなれさせてから、みごもって男の子を産んだ。

9 主は仰せられた。「その子をロ・アミと名づけよ。あなたがたはわたしの民ではなく、わたしはあなたがたの神ではないからだ。」

第三子の誕生

第三子ロ・アミ

第三子は男の子でした。神は、その子にロ・アミという名をつけるように命じます。これもまた預言的な名前で、その意味は「わたしの民ではない」ということです。神はイスラエルの民に、「あなたがたはわたしの民ではなく、わたしはあなたがたの神ではないからだ」と言われました。(1)この聖句の意味は、イスラエルの民が神の民でなくなったということではありません。彼らは依然として、アブラハム契約のゆえに神の民なのです。(2)しかし、イスラエルの民は不信仰な状態にあったために、神の民が受けるはずの祝福を受けられなくなっていました。それが、「わたしの民ではない」という言葉の意味です。(3)神がイスラエルの民と結んだ契約は、永遠に続きます。「神の賜物と召命とは変わることがありません」(ローマ1129)とあるとおりです。
私たちクリスチャンは、イエス・キリストを通して父なる神との契約関係に入りました。この契約(罪の赦しと永遠のいのちの保証)は、永遠に破棄されることはありません。不信仰に陥って、その契約がもたらす祝福を味わえなくなることがないように、霊の目を覚ましていようではありませんか。

預言者の心

再び、ホセアの思いを想像してみましょう。彼は自分の息子に、「民男」ではなく、「民でない男」という名をつけました。この時も、彼は深い痛みを感じたはずです。それは、神の痛みと悲しみを自分のものとする出来事となりました。神が罪人を裁かれる時、神は事務的にそれを行うわけではありません。神の心には、深い痛みがあるのです。預言者は、その神の痛みを体験的に共有し、自らの痛みの中から神のことばを民に語るのです。
ペテロはこう書いています。「主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです」(ペテロ3:9)。神の思いに立って、滅びに向かっている人々に福音を伝えようではありませんか。

きょうの祈り

天の父なる神さま。私を福音のための使者としてこの世に派遣してください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

創世記21~22、箴言2