6 ゴメルはまたみごもって、女の子を産んだ。主は彼に仰せられた。「その子をロ・ルハマと名づけよ。わたしはもう二度とイスラエルの家を愛することはなく、決して彼らを赦さないからだ。
7 しかし、わたしはユダの家を愛し、彼らの神、主によって彼らを救う。しかし、わたしは弓、剣、戦い、および馬、騎兵によって彼らを救うのではない。」
ホセアの妻ゴメルは、第二子を産みます。今度は女の子でした。神はその子に「ロ・ルハマ」という名をつけるように命じます。これもまた預言的な名前で、その意味は、「愛されない」ということです。神は、「わたしはもう二度とイスラエルの家を愛することはなく、決して彼らを赦さないからだ」と言われました。神はこれまでに北王国イスラエルの民を何度もあわれんでこられましたが、それが限界に達したということです。神はアッシリヤをご自身の裁きの器として用いて、北王国イスラエルを裁かれます。
それとは対照的に、南王国ユダの民には、神のあわれみと愛とが約束されます。「しかし、わたしはユダの家を愛し、彼らの神、主によって彼らを救う。しかし、わたしは弓、剣、戦い、および馬、騎兵によって彼らを救うのではない」。この聖句は、興味深い文の構造になっています。主語は神ですが、その神が、「彼らの神、主によって彼らを救う」と言われます。ここには、神が三位一体の神であることが暗示されています。この約束は、アッシリヤの王であるセナケリブがエルサレムを包囲した時に成就しました。「その夜、主の使いが出て行って、アッシリヤの陣営で、十八万五千人を打ち殺した。人々が翌朝早く起きて見ると、なんと、彼らはみな、死体となっていた」(Ⅱ列王記19:35)。
ここで、ホセアの思いを想像してみましょう。だれでも自分の娘には、希望に満ちた名前、かわいい名前をつけてやりたいと思うはずです。「愛子」という名前をつける親はいくらでもいますが、「愛されない子」という名はつけないはずです。しかし、ホセアは自分の娘を「ロ・ルハマ(愛されない)」と呼んだのです。それによって彼は、神の痛みと悲しみに自らの心を重ね合わせることができたのです。神が私たちを裁かれる時、神は喜んでそうなさるわけではありません。神は痛みをもって罪人を裁かれるのです。預言者は、その神の痛みを自分のものとして引き受けて、神のことばを民に語るのです。私たちもキリストの弟子として、父なる神の痛みや悲しみを自分のものとさせていただきましょう。
きょうの祈り
天の父なる神さま。あなたの痛みを私の痛みとさせてください。私を、あなたのあわれみを届ける器としてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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創世記19~20、詩篇3~4
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