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サムエル記第二6:1~5

1 ダビデは再びイスラエルの精鋭三万をことごとく集めた。

2 ダビデはユダのバアラから神の箱を運び上ろうとして、自分につくすべての民とともに出かけた。神の箱は、ケルビムの上に座しておられる万軍の主の名で呼ばれている。

3 彼らは、神の箱を、新しい車に載せて、丘の上にあるアビナダブの家から運び出した。アビナダブの子、ウザとアフヨが新しい車をぎょしていた。

4 丘の上にあるアビナダブの家からそれを神の箱とともに運び出したとき、アフヨは箱の前を歩いていた。

5 ダビデとイスラエルの全家ぜんかは歌を歌い、立琴、琴、タンバリン、カスタネット、シンバルを鳴らして、主の前で、力の限り喜び踊った。

エルサレムに運ばれる神の箱

主の臨在の象徴

エルサレムで王権を確立したダビデは、次に神の箱(契約の箱)をエルサレムに運び上ることを考えます。この時まで、神の箱はキルヤテ・エアリムのアビナダブの家に安置されたままでした。
(1)旧約時代には、神の臨在りんざい幕屋まくや(後に神殿)の至聖所しせいじょの中に宿っていました。主の臨在の象徴となったのが、神の箱です。(2)神の箱をエルサレムに運ぶに際して、ダビデは隊長たちと合議ごうぎし、その賛成を得ました(歴代誌13:1~4参照)。ダビデにとっては、神の箱をエルサレムに運び上ることは個人的な業ではなく、国家的な事業でした。(3)ダビデはイスラエルの精鋭3万人を集め、この事業に当たろうとしました。精鋭3万人というのは、ペリシテ人との戦いで動員した数と同じです。彼は大規模な隊列を組むことによって、この事業がどれほど重要なものであるかを民に示そうとしたのです。(4)前王のサウルは、神の命令と神の箱とを顧みようとはしませんでした。ダビデはそれとは対照的に、神の命令と神の箱に対する敬意を表明しました。そこに、サウルとダビデの相違があります。(5)ダビデは神の箱を新しい車に載せて運びました。恐らくペリシテ人が神の箱を運んだ方法を真似たのでしょうが、そこには重大な問題がありました。

ダビデの信仰

ダビデは神の箱をエルサレムに運び上ることによって、主の臨在がいつもそばにあるようにとの願いを表明しました。この箱はイエス・キリストの象徴でもあります。私たちには、神の箱よりもさらにすばらしい祝福が与えられています。それは、復活し今も生きておられるキリストの臨在のことです。主イエスは弟子たちにこう約束されました。「わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」(マタイ2820)。
ダビデは主の臨在がなければ、王としてイスラエルの民を統治することは不可能であることを知っていました。クリスチャン生活も、キリストの臨在がなければ不可能です。私たちも、ダビデと同じ熱心さで主の臨在を求めようではありませんか。

きょうの祈り

全知全能の神よ。今日も、キリストの臨在の中で生活することができますように、私の信仰を強くしてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

列王記第二21~22、ローマ人への手紙1

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