12 すると、律法を重んじる敬虔な人で、そこに住むユダヤ人全体の間で評判の良いアナニヤという人が、
13 私のところに来て、そばに立ち、『兄弟サウロ。見えるようになりなさい』と言いました。すると、そのとき、私はその人が見えるようになりました。
14 彼はこう言いました。『私たちの父祖たちの神は、あなたにみこころを知らせ、義なる方を見させ、その方の口から御声を聞かせようとお定めになったのです。
15 あなたはその方のために、すべての人に対して、あなたの見たこと、聞いたことの証人とされるのですから。
16 さあ、なぜためらっているのですか。立ちなさい。その御名を呼んでバプテスマを受け、自分の罪を洗い流しなさい。』
主はパウロのために、アナニヤという弟子を用意しておられた。「すると、律法を重んじる敬虔な人で、そこに住むユダヤ人全体の間で評判の良いアナニヤという人が、私のところに来て、そばに立ち、『兄弟サウロ。見えるようになりなさい』と言いました。・・・」。(1)盲目のパウロを助けたのは、アナニヤという人物である。①彼は、律法に照らして「敬虔な人」と判断されるような生活を送っていた。②また、メシアニックジューにも、そうでないユダヤ人にも評判の良い人であった。③これは、パウロの聴衆たちには意味のある情報である。ちなみに、使徒9:1 ~ 43 の弁明には、アナニヤに関するこの情報は出て来ない。(2)アナニヤはパウロを、「兄弟サウロ」と呼んでいる。①パウロはこの時点ですでに救われており、アナニヤはそれを認識していた。②彼が「見えるようになりなさい」と言うと、パウロの目が見えるようになった。
「彼はこう言いました。『私たちの父祖たちの神は、あなたにみこころを知らせ、義なる方を見させ、その方の口から御声を聞かせようとお定めになったのです。あなたはその方のために、すべての人に対して、あなたの見たこと、聞いたことの証人とされるのですから』」。(1)アナニヤはパウロに、神から聞いたことを伝えた。ここでのアナニヤの言葉は、パウロの使徒職への召命になっている。(2)パウロは、主から3 つの祝福を受けた。①先祖の神の御心が啓示されるための器となるという祝福。パウロが受けた啓示の内容は、「奥義」と呼ばれている(エペ3:1 ~13)。②復活のイエスに出会うという祝福。「義なる方を見させ」とはそういう意味である。「義なる方」は、メシアの称号である。復活の主と出会ったことにより、パウロの使徒としての資格が満たされた(1 コリ9:1、15:8 参照)。③復活のイエスのことばを聞くという祝福。(3)以上の3 つの祝福が与えられた理由は、「キリストの証人」となるためである。①祝福には使命が伴う。②神の国においては、傍観者は一人もいないはずである。
「さあ、なぜためらっているのですか。立ちなさい。その御名を呼んでバプテスマを受け、自分の罪を洗い流しなさい」。この聖句は、誤解されて用いられることが多い。救いは、恵みと信仰によって与えられるもので、それ以外の条件はない。洗礼は、すでに信仰によって罪を赦された者が受けるものである。次回、そのことを取り上げる。
きょうの祈り
天の父よ。私にも多くの祝福を与えてくださることを感謝します。私もキリストの証人としての使命を果たせるよう、導いてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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