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使徒の働き16:22 ~ 24

22 群衆もふたりに反対して立ったので、長官たちは、ふたりの着物をはいでむちで打つように命じ、

23 何度もむちで打たせてから、ふたりを牢に入れて、看守には厳重に番をするように命じた。

24 この命令を受けた看守は、ふたりを奥の牢に入れ、足に足かせを掛けた。

ピリピ伝道(8)

むち打ち

「群衆もふたりに反対して立ったので、長官たちは、ふたりの着物をはいでむちで打つように命じ、何度もむちで打たせてから、ふたりを牢に入れて、看守には厳重に番をするように命じた」。(1)当時、植民都市には反ユダヤ的雰囲気があった。紀元49 年か50 年に、クラウデオ帝はすべてのユダヤ人をローマから追放した。そのような反ユダヤ的政策は、ここピリピにまで影響を与えた。群衆は、理由なくしてパウロとシラスに反対して立った。(2)長官たちは、事実関係を調査せずに結論を出した。その結果が、むち打ちと投獄である。パウロはなぜ自分がローマ市民だと言わなかったのか。群衆の声に、パウロの言葉がかき消された可能性がある。(3)このむち打ちがどれくらい激しいものであったかは、書かれていない。「何度もむちで打たせてから」とあるので、激しいむち打ちであったことは確かである。パウロは、合計3 度のむち打ちを経験している(2 コリ1125)。「ご承知のように、私たちはまずピリピで苦しみに会い、はずかしめを受けたのですが、私たちの神によって、激しい苦闘の中でも大胆に神の福音をあなたがたに語りました」(1 テサ2:2)。(4)その後、パウロとシラスは投獄された。「看守には厳重に番をするように命じた」。看守は、命懸けで番をするように命じられた。

投獄

「この命令を受けた看守は、ふたりを奥の牢に入れ、足に足かせを掛けた」。(1)看守は、パウロとシラスを重罪犯のように扱った。看守は、通常は退役軍人がその職に就いた。軍人は上官の命令に忠実で、戦闘能力もある。看守になる資格を十分有している。看守の地位は、軍隊で言うと百人隊長クラスと思われる。(2)「奥の牢に入れ、足に足かせを掛けた」とある。この場所は、獄舎ごくしゃの中の一番奥に造られた、窓のない牢である。逃亡の危険をなくすために、足かせまで掛けた。
人間的には、この展開は納得できないものである。神に仕えている者が不当な仕打ちを受けるとは、理不尽なことである。しかし、クリスチャンが通過する試練は、神の栄光のために用いられることがよくある。少なくとも、ピリピでのパウロの経験は、それに当てはまる。投獄という試練が、どのような祝福につながるのか次回以降で見てみよう。試練の時には、神をめ称えようではないか。

きょうの祈り

父なる神さま。私たちが通過する試練は、あなたの栄光のために用いられることを学びました。試練の中でこそ、あなたを褒め称えます。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

歴代誌 第二29~30、ヨハネの黙示録21