30 ちょうどあなたがたが、かつては神に不従順であったが、今は、彼らの不従順のゆえに、あわれみを受けているのと同様に、
31 彼らも、今は不従順になっていますが、それは、あなたがたの受けたあわれみによって、今や、彼ら自身もあわれみを受けるためなのです。
32 なぜなら、神は、すべての人をあわれもうとして、すべての人を不従順のうちに閉じ込められたからです。
「ちょうどあなたがたが、かつては神に不従順であったが、今は、彼らの不従順のゆえに、あわれみを受けているのと同様に、彼らも、今は不従順になっていますが、それは、あなたがたの受けたあわれみによって、今や、彼ら自身もあわれみを受けるためなのです」とあります。パウロは、非常に繊細、かつ、複雑な内容を、バランスを取りながら書いています。実に見事なものです。(1)異邦人はかつて神に不従順でしたが、イスラエル人の不従順のゆえに、神のあわれみを受けました。異邦人に福音が伝えられたのは、確かにそのような経緯があったからです。(2)それなら、今は不従順なイスラエル人も、異邦人と同じようにあわれみを受けるはずです。異邦人が神から受けているあわれみ(祝福)を見て、イスラエル人もまた救われるようになります。(3)オリーブの木の神学から言うと、イスラエル人の接ぎ木は、異邦人の場合よりももっとたやすく成就するはずです。「もしあなたが、野生種であるオリーブの木から切り取られ、もとの性質に反して、栽培されたオリーブの木につがれたのであれば、これらの栽培種のものは、もっとたやすく自分の台木につがれるはずです」(24節)
「なぜなら、神は、すべての人をあわれもうとして、すべての人を不従順のうちに閉じ込められたからです」とあります。新共同訳は、「神はすべての人を不従順の状態に閉じ込められましたが、それは、すべての人をあわれむためだったのです」と訳しています。(1)「すべての人」とは、すべての個人ではなく、イスラエル人と異邦人のことです。(2)神は、人間の不従順さえも、救いをもたらすための方法として用いられました。創世記に登場するヨセフは、自分の身に起こった悲劇(エジプトに売られたこと)を、こう解釈しています。「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした」(創50:20)。イスラエル人の救いに関しても、それと同じことが言えます。
神の知恵は実に測りがたいものです。次回の箇所でパウロは、その神の偉大さをほめたたえています。すべてを良きに変えることのできる神の力を思い、御名をたたえましょう。私たちが安心して立てる場所は、変わることのない神の言葉しかありません。
きょうの祈り
イスラエルの神よ。あなたは人間の不従順さえも益に変えることのできるお方です。私の神はあなただけです。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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