1 そのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教えを宣べて、言った。
2 「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」
3 この人は預言者イザヤによって、「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ』」と言われたその人である。
4 このヨハネは、らくだの毛の着物を着、腰には皮の帯を締め、その食べ物はいなごと野蜜であった。
5 さて、エルサレム、ユダヤ全土、ヨルダン川沿いの全地域の人々がヨハネのところへ出て行き、
6 自分の罪を告白して、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けた。
「そのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教えを宣べて、言った。『悔い改めなさい。天の御国が近づいたから』」(1 ~ 2 節)。ここでバプテスマのヨハネが登場する。(1)マタイはユダヤ人読者を想定して福音書を書いているので、旧約聖書の預言をたびたび引照する。異邦人である私たちには難解であるが、ユダヤ人に対しては非常に説得力のある書き方である。(2)「この人は預言者イザヤによって、『荒野で叫ぶ者の声がする。「主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ」』と言われたその人である」(3 節)。メシアの先駆者の出現はイザヤ40:3 とマラキ3:1 で預言されていたと、マタイは説明する。先駆者とは、バプテスマのヨハネである。彼こそ「荒野で叫ぶ者の声」である。(3)ヨハネは、らくだの毛の着物を着、腰には皮の帯を締めていた。ユダヤ人読者なら、その風貌が旧約の預言者エリヤに似ていることをすぐに理解したはずである。彼の食物は、いなごと野蜜であった。レビ記の食物規定では、昆虫は汚れたものに分類されたが、いなごは例外であった。いなごも野蜜も、荒野では一般的な食物であった。メシアの到来を待ち望んでいた民衆は、バプテスマのヨハネが語るメッセージに引き寄せられていった。
(1)彼は、悔い改めを説いた。これは、当時のユダヤ人たちにとっては驚くべきものであった。彼らは、悔い改めを必要とするのは神を恐れぬ異邦人であって、ユダヤ人ではないと考えていたからである。(2)「天の御国(神の国と同じ意味)が近づいた」ということが、悔い改めるべき理由である。ヨハネのメッセージは、「天の御国」指向であった。「天の御国」とはメシア的王国、つまり、千年王国のことである。(3)ヨハネのメッセージに同意して悔い改めた者は、彼からバプテスマを受けた。バプテスマの本来的な意味は「一体化」である。ヨハネのバプテスマを受けるということは、ヨハネという人物、また彼が語るメッセージを受け入れたということである。さらに、ヨハネがメシアを指し示す時、そのお方を受け入れる用意ができたという意味にもなる。
神の祝福を受けるために必要な心の準備は、悔い改め(方向転換)である。自分には悔い改めは必要ではないと考えているうちは、霊的覚醒(目覚め)は起こらない。神は、悔いた心、砕かれた心を喜んでくださる。
きょうの祈り
天の父なる神さま。傲慢で不信仰な私をお赦しください。神の国は近づきました。どうか私に、悔い改めの心をお与えください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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エレミヤ書12~13、詩篇59 ~ 60
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