1 さて、アンテオケには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、国主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどという預言者や教師がいた。
2 彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい」と言われた。
3 そこで彼らは、断食と祈りをして、ふたりの上に手を置いてから、送り出した。
ルカは、バルナバとサウロを含め、5 人のリーダーたちの名を挙げている。
(1)バルナバは、キプロス島出身のユダヤ人信者である。彼は、ディアスポラのユダヤ人で、コスモポリタン的人物である。このリストでは、彼の名が最初に登場するが、恐らく、エルサレムの母教会から派遣されていたからであろう。(2)ニゲルと呼ばれるシメオン。「ニゲル」というラテン語のニックネームは、「肌が黒い人」を意味する。彼は、エチオピアからローマ世界に移住したユダヤ人信者である。十字架を担いだクレネ人シモンと同一人物かどうかは、分からない。(3)クレネ人ルキオは、北アフリカ出身のヘレニストのユダヤ人信者である。使徒11:19 ~ 20 に、クレネ人が登場していた。「さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は、・・・ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。ところが、その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからはギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた」。恐らくクレネ人ルキオは、アンテオケで異邦人伝道を最初に始めた人たちの中の一人であろう。(4)国主ヘロデの乳兄弟マナエン。マナエンという名は、旧約聖書のメナヘム(北王国の王)と同じである。「乳兄弟」とは、血縁関係はないが、同じ女性の乳で育てられた人同士のことである。彼は、ヘロデ・アンティパス(ヘロデ大王の息子)と一緒に育てられた。恐らくルカは、ヘロデ・アンティパスの宮廷内の情報を、このマナエンから得たのであろう。国主ヘロデは、バプテスマのヨハネの首を切り、イエスの裁判では、イエスを侮辱した。同じ環境で育ちながら、ヘロデ・アンティパスはイエスに敵対し、マナエンは初期の教会の指導者の一人となった。なんという対比であろうか。(5)そして最後がサウロである。
彼らは、預言者や教師であった。預言者はみな教師だが、教師が預言者とは限らない。どこまでが預言者で、どこまでが教師なのか。ギリシア語の「te」(both)が2 度入っている。それによってある程度の判断が可能である。「te」バルナバ、シメオン、ルキオ、「te」マナエン、サウロとなっているので、預言者は3 人、教師は2 人という解釈が可能である(確定的ではないが)。
サウロがこのリストでは最後に登場するが、今後は、彼が主役になって行く。ここには、後の者が先になるという原則が見られる。
きょうの祈り
天の父なる神さま。あなたは後の者を先にしてくださるお方です。きょうも、あなたを信頼して歩みます。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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