32 いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。
33 そのように、これらのことのすべてを見たら、あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。
34 まことに、あなたがたに告げます。これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。
35 この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。
この箇所は、よく誤解される箇所なので、注意深く学んでみよう。イエスがここで「いちじくの木のたとえ」を語っている理由は、患難時代を通過するユダヤ人たちを励ますためである。(1)ここでのいちじくの木は、イスラエルの象徴であると考えるよりも、文字通りのいちじくの木であると理解すべきである。いちじくの木は、春になると枝が柔らかになり、葉をつける。それによって、夏が近いことが分かる。(2)それと同じように、イエスが語ってこられた「これらのこと」が見えたら、再臨が近いことが分かる。強調点は、「近い」ということにある。「これらのこと」とは、文脈から判断すると、大患難時代に起こる出来事であるが、その中心に「荒らす憎むべきもの」(24:15)の出現がある。「荒らす憎むべきもの」が現れたなら、主の再臨は近いのである。具体的には、「荒らす憎むべきもの」の出現から3 年半後に、主の再臨がある。それが、「人の子が戸口まで近づいている」ということばの意味である。
ここで語られている再臨は、教会の聖徒たちが天に挙げられる携挙とは別のものである。携挙は、いつ起こるか分からないが、再臨は、「荒らす憎むべきもの」の出現から3 年半後に起こる。
イエスは、「これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません」(34 節)と語っておられる。「この時代」(「この世代」、「this generation」)とは、大患難時代を通過するユダヤ人たちのことである。大患難時代には、サタンの策略によって未曾有のユダヤ人迫害が起こるが、それでも、ユダヤ人たちが全滅することはない。つまりユダヤ人たちは、大患難時代の預言がすべて成就するのを目撃するようになるということである。
オリーブ山での説教が確実なものであることを強調するために、次のことばが語られている。「この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません」(35 節)。イエスはこのたとえを、大患難時代を通過するユダヤ人たちを慰め、励ますために語られた。サタンは、ユダヤ人たちを抹殺しようとして暗躍する。しかし、神は選びの民を守られる。ユダヤ人だけでなく、異邦人クリスチャンである私たちもまた、神のことばによって慰めと励ましを受けることができる。神の約束は必ず成就する。きょうも神のことばに信頼を置いて、この世に出て行こうではないか。
きょうの祈り
イエス・キリストの父なる神さま。きょうもあなたのみことばに立って、歩みます。みことばは私の歩むべき道を示す光です。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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