1 こういうわけで、私たちは、あわれみを受けてこの務めに任じられているのですから、勇気を失うことなく、
2 恥ずべき隠された事を捨て、悪巧みに歩まず、神のことばを曲げず、真理を明らかにし、神の御前で自分自身をすべての人の良心に推薦しています。
3 それでもなお私たちの福音におおいが掛かっているとしたら、それは、滅びる人々の場合に、おおいが掛かっているのです。
4 その場合、この世の神が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです。
5 私たちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝えます。私たち自身は、イエスのために、あなたがたに仕えるしもべなのです。
6 「光が、やみの中から輝き出よ」と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。
パウロは、新しい契約に仕える務めに召された自分について、以下のように語っています。(1)彼は、勇気を失うことなく使徒としての使命を果たしています。自分の働きには永続する価値があると確信している人は、決して失望することがありません。(2)彼は、恥ずべき隠されたことを捨てています。(3)彼は、悪巧みに歩むことがありません。(4)彼は、神のことばを曲げないで語っています。(5)彼は、真理を明らかにしようとしています。(6)彼は、神の御前で自分自身をすべての人の良心に推薦しています。
以上の事柄はすべて、パウロが他のユダヤ人や異邦人のクリスチャンたちから批判されていた点です。「パウロは、モーセの律法を曲げ、経済的利得のために悪巧みによってユダヤ人たちを真理から迷い出させている」というのが、批判の内容でした。
以上のように、パウロは誠心誠意福音を宣べ伝えました。しかしそれでも、キリストを受け入れない人が多くいました。なぜでしょうか。(1)それでも福音を拒否する人がいるなら、それは伝える側の問題ではなく、その人の側の問題です。(2)彼らには、滅びる者として、霊的な覆いがかけられているために、福音が理解できないのです。(3)実はそれは、この世の神であるサタンによって心の眼をくらませられた状態なのです。そのために、キリストの福音が放つ栄光の光が彼らの心に届かないのです。
5~6節で、パウロの宣教の理念が明確に述べられています。(1)パウロの宣べ伝える福音がキリストの栄光の光を放つのは、彼自身の実力によるのではない。(2)天地創造の時に、闇の中から光が輝き出るようにされた神は、パウロの心にも同じことをしてくださった。その結果、パウロの心にキリストを知る知識の輝きが与えられた。(3)それゆえ、パウロには何も誇るものはないし、また、自分の偉さを宣べ伝える必要もない。(4)パウロの願いは、人々に仕え、キリストを宣べ伝えることだけである。
私たちもまたパウロのように、福音を忠実に伝え、結果は神に委ねるという姿勢を身に付けようではありませんか。
きょうの祈り
全知全能の神よ。私が福音を語るとき、キリストの栄光の光が輝き出ますように、それが私の力によるものでないことが明確に見えるほどに、圧倒的に輝き出ますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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