23 私はこのいのちにかけ、神を証人にお呼びして言います。私がまだコリントへ行かないでいるのは、あなたがたに対する思いやりのためです。
24 私たちは、あなたがたの信仰を支配しようとする者ではなく、あなたがたの喜びのために働く協力者です。あなたがたは、信仰に堅く立っているからです。
< 2 章 >
1 そこで私は、あなたがたを悲しませることになるような訪問は二度とくり返すまいと決心したのです。
2 もし私があなたがたを悲しませているのなら、私が悲しませているその人以外に、だれが私を喜ばせてくれるでしょうか。
3 あのような手紙を書いたのは、私が行くときには、私に喜びを与えてくれるはずの人たちから悲しみを与えられたくないからでした。それは、私の喜びがあなたがたすべての喜びであることを、あなたがたすべてについて確信しているからです。
4 私は大きな苦しみと心の嘆きから、涙ながらに、あなたがたに手紙を書きました。それは、あなたがたを悲しませるためではなく、私があなたがたに対して抱いている、あふれるばかりの愛を知っていただきたいからでした。
パウロは、コリント訪問を延期したのは、不真実のゆえではなく、思いやりからであると説明します。さらにパウロは、自分たちがコリントのクリスチャンたちを支配しようとしているのではないということを伝えるために、「私たちは、あなたがたの信仰を支配しようとする者ではなく、あなたがたの喜びのために働く協力者です」と付け加えています。
(1)パウロにとって一番手っ取り早い方法は、コリント教会を訪問して、悔い改めない人々を厳しく戒め、処罰することでした。(2)しかし、その方法は、教会全体を悲しませることになります。教会が悲しめば、パウロもまた、ほかの方法ではいやし難い悲しみを味わうことになります。(3)かつてパウロは、同じような状況下でコリント教会を訪問したことがありました。その時は、教会の不従順のため目的が達せられず、コリントの信者もパウロも、ともに悲しみを味わいました。(4)パウロの願いは、次の訪問では、同じような悲しみを味わうことがないようにということでした。そこで彼は、訪問に先駆けて、涙ながらに書いた手紙をテトスに託して送ったのです。この手紙は、「悲しみの手紙」という名で知られていますが、今は残っていません。(5)その後彼は、マケドニヤに赴きました。その目的は、エルサレムの聖徒たちを支援するために集められた献金を受け取るためでした。
パウロはその手紙で、厳しいことを命じたようです。それは、コリントのクリスチャンたちだけでなく、パウロ自身をも悲しませました。パウロがそのように厳しく忠告したのは、彼らを悲しませるためではなく、霊の父としての愛を示すためでした。そして、次の訪問を喜びに満ちたものにするためでした。
罪や過ちを指摘するのは、誰にとっても辛いことです。しかし、それを避けていては、本当の愛を実践したことにはなりません。忠告するほうもされるほうも、ともに主の恵みが必要です。パウロの例を手本として、愛ある忠告とは何であるかを考えてみましょう。
きょうの祈り
天の父よ。パウロは涙とともに、コリントのクリスチャンたちに忠告を発しました。私も、愛ある忠告を学ぶことができますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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ヨブ記34~35、ヘブル人への手紙4
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