1 さて、兄弟たち。御霊の賜物についてですが、私はあなたがたに、ぜひ次のことを知っていていただきたいのです。
2 ご承知のように、あなたがたが異教徒であったときには、どう導かれたとしても、引かれて行った所は、ものを言わない偶像の所でした。
3 ですから、私は、あなたがたに次のことを教えておきます。神の御霊によって語る者はだれも、「イエスはのろわれよ」と言わず、また、聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です」と言うことはできません。
きょうの箇所は、「さて、兄弟たち。」という呼びかけで始まっています。ここから新しいテーマに入ります。これは、コリントのクリスチャンたちが質問してきたもので、「御霊の賜物」というテーマです。コリントの教会には、御霊の賜物の行使に関して、混乱が見られました。本来、御霊の賜物は教会を建て上げるために各人に与えられているものですが、その使用法を間違ったために、祝福であるべきものが混乱の原因となっていたのです。
御霊の賜物に関する教えに入る前に、パウロは、すべての信者が聖霊の恵みを受けていることを明らかにします。(1)クリスチャンになる前のコリント人たちの姿は、次のようなものでした。彼らは、どのような方法で導かれたにせよ、最終的には無力な偶像の所に引かれて行っていました。それらの偶像の背後には、悪霊が存在しています。つまり彼らは、聖霊ではなく悪霊に導かれていたのです。(2)彼らがクリスチャンになったのは、聖霊に導かれた結果です。聖霊の恵みを受けたということは、次の二つの方法によって知ることができます。(3)消極的には、神の御霊によって語る者はだれも、「イエスはのろわれよ」とは言えないということです。そのような言葉は、口に出すことすら恐ろしいことです。そう感じるのは、その人の内に聖霊が住んでおられるからです。(4)積極的には、聖霊によらなければだれも、「イエスは主です」と告白することはできないということです。イエスを救い主として信じ告白した人は、例外なしに聖霊に導かれてそう言えたのです。
あなたは、心から「イエスは主です」と告白できますか。もしできるなら、あなたは聖霊の恵みを受け、心の内に聖霊を宿す人となっています。「イエスは主です」という告白の中にある「主(キュリオス)」という言葉は、旧約聖書のヤハウェを表す言葉です。つまり、「イエスは主です」という告白は、イエスは神であり、旧約聖書のヤハウェです、という信仰告白なのです。今心から、「イエスは主です」と告白しましょう。
きょうの祈り
イエス・キリストの父なる神さま。かつて偶像の前に引かれて行った私を、聖霊の恵みによって救ってくださり感謝します。心から、「イエスは主です」と告白します。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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ナホム書1~3、テモテへの手紙 第一2
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