10 ガテで告げるな。激しく泣きわめくな。ベテ・レアフラでちりの中にころび回れ。
11 シャフィルに住む者よ。裸で恥じながら過ぎて行け。ツァアナンに住む者は出て来ない。ベテ・エツェルの嘆きは、あなたがたから、立つ所を奪い取る。
12 マロテに住む者が、どうして、しあわせを待ち望めよう。エルサレムの門に、【主】からわざわいが下ったのに。
13 ラキシュに住む者よ。戦車に早馬をつなげ。それはシオンの娘にとって罪の初めであった。イスラエルの犯したそむきの罪が、あなたのうちに見つけられたからだ。
14 それゆえ、あなたは贈り物をモレシェテ・ガテに与える。アクジブの家々は、イスラエルの王たちにとって、欺く者となる。
15 マレシャに住む者よ。わたしはまた、侵略者をあなたのところに送る。イスラエルの栄光はアドラムまで行こう。
16 あなたの喜びとする子らのために、あなたの頭をそれ。そのそった所を、はげ鷲のように大きくせよ。彼らが捕らえられて、あなたから去って行ったから。
カナンの地の地形を確認しておきます。西側には海岸地帯が南北に延びています。東側には海抜800メートル前後の山地がやはり南北に走っています。海岸地帯と山地の中間に、さほど広くない土地、「低地(シェフェラー)」と呼ばれる地域が横たわっています。海抜400メートル前後の地域です。きょうの箇所で上げられている町々は、その低地の町々です。その地域は、ミカの出身地でもあります。幼い頃からミカはそれらの町々を訪れたり、その近辺で遊んだりしていたことでしょう。その故郷の町々がアッシリヤの侵攻によって破壊されようとしています(エルサレムはかろうじて破壊を免れます)。彼の心が痛まないはずがありません。
ここでミカは、町の名前の意味を取り上げ、それを使って「言葉遊び(paronomasia)」をしています。その目的は、自らの心の痛みをより深く、詩的に表現するためです。このことを、例を上げて説明してみましょう。阪神淡路大震災の時の被災地の光景が今も目に浮かびます。その時の悲しみと驚愕を、このように表現したとします。「神戸の街よ。なぜあなたは神の祝福を迎える戸ではなく、悲劇を招く戸になったのか」。この文の中には「神戸」の2文字が入っています。ミカはヘブル語でそれと同じようなことをしています。
きょうは、ガテからシャフィルまでを取り上げましょう。残りは次回に回します。
(1)「ガテで告げるな。激しく泣きわめくな」。この文はⅡサムエル1:20にも出てきます。ガテとはペリシテ人の町で、「告げる」という意味です。ユダの町々の崩壊は、ペリシテ人には喜びの知らせとなります。それゆえ、ユダが直面している状況がいかに深刻なものであるかを敵に告げて、彼らを喜ばせてはならないということです。(2)「ベテ・レアフラでちりの中にころび回れ」。「ベテ・レアフラ」とは「ちりの家」という意味です。意訳すると、「ちりの家で、ちりの中にころび回って喪に服せ」という意味になります。自虐的な表現ですが、それだけに預言者ミカの悲しみが伝わって来ます。(3)「シャフィルに住む者よ。裸で恥じながら過ぎて行け」。「シャフィル」とは「美しい」という意味です。意訳すると「美しく飾られた町に住む者よ。お前たちは裸になり、恥じながらそこを去れ」ということになります。実に絵画的な表現です。その町は大理石やモザイクの床で美しく装飾が施されていました。美しい町に住んでいるがゆえに、その美が破壊され、富が略奪され、裸にされて連行されることはより深い悲劇となるのです。
私たちの内に、預言者ミカが感じたような悲しみがあるでしょうか。キリストを知らないで生きている罪人の運命は、悲惨なものです。この国にリバイバルが訪れるように、神の子とされる人々が大量に起こされるように、涙をもって祈ろうではありませんか。
きょうの祈り
イエス・キリストの父なる神さま。どうかこの国をあわれんでください。あなたの悲しみを私の悲しみとさせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
年間聖書通読
ヨシュア記11~12、ルカの福音書5
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