6 このことがニネベの王の耳に入ると、彼は王座から立って、王服を脱ぎ、荒布をまとい、灰の中にすわった。
7 王と大臣たちの命令によって、次のような布告がニネベに出された。「人も、獣も、牛も、羊もみな、何も味わってはならない。草をはんだり、水を飲んだりしてはならない。
8 人も、家畜も、荒布を身にまとい、ひたすら神にお願いし、おのおの悪の道と、暴虐な行いから立ち返れ。
9 もしかすると、神が思い直してあわれみ、その燃える怒りをおさめ、私たちは滅びないですむかもしれない。」
10 神は、彼らが悪の道から立ち返るために努力していることをご覧になった。それで、神は彼らに下すと言っておられたわざわいを思い直し、そうされなかった。
回心したのはニネベの市民だけでなく、王もそうでした。王は、ヨナが伝える神のことばを真摯に受け入れ、率先して悔い改めを表しました。「彼は王座から立って、王服を脱ぎ、荒布をまとい、灰の中にすわった」とあるとおりです。次に王は、国民に悔い改めの布告を出し、獣や家畜に至るまで人と同じように悔い改めることを命じました。王の悔い改めは、ここまで徹底していたのです。
なぜ王は、かくまで悔い改めることができたのでしょうか。その理由は、彼がヨナの預言の言葉の中に隠された「ある条件」を読み取っていたからです。ヨナは短い言葉しか語っていませんでしたが、神が意図されたことは、次のようなものでした。「(もし、悔い改めがないなら)もう四十日もすると、ニネベは滅ぼされる」。カッコ内の言葉が隠されていましたが、それが条件なのです。王はそのことを理解したので、徹底的な悔い改めをニネベの人々に迫りました。いつの時代でも、神を恐れることは、知識の初めです(箴言1:7)。
神は、ニネベの人々が悪の道から立ち返るために、真摯な努力をしていることをご覧になり、町に下そうとしておられたわざわいを思い直されました。(1)「思い直し」という言葉は、このときの神の行為を人間の言葉で表現したものです。神には、悔い改めたり、思い直したりするようなことはありません。(2)神は、人間が悔い改めるなら、裁きを取り除くと決めておられるのです。ニネベはその神の条件に合ったので、裁きを免れました。外面的には、それは神が思い直されたように見えたのです。(3)これと同じ原則が、エレミヤ書18:7~10に見られます。「わたしが、一つの国、一つの王国について、引き抜き、引き倒し、滅ぼすと語ったその時、もし、わたしがわざわいを予告したその民が、悔い改めるなら、わたしは、下そうと思っていたわざわいを思い直す。わたしが、一つの国、一つの王国について、建て直し、植えると語ったその時、もし、それがわたしの声に聞き従わず、わたしの目の前に悪を行うなら、わたしは、それに与えると言ったしあわせを思い直す」
神は罪人が悔い改めて、ご自身のもとに立ち返るのを待っておられます。それは、放蕩息子を待つ父と同じです。神の愛と恵みにすがろうではありませんか。
きょうの祈り
天の父よ。きょう再び、あなたの愛と恵みに依り頼みます。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
年間聖書通読
申命記33~34、ルカの福音書1
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