1 神である主は、私にこのように示された。そこに一かごの夏のくだものがあった。
2 主は仰せられた。「アモス。何を見ているのか。」私が、「一かごの夏のくだものです」と言うと、主は私に仰せられた。「わたしの民イスラエルに、終わりが来た。わたしはもう二度と彼らを見過ごさない。
3 その日には、神殿の歌声は泣きわめきとなる。─神である主の御告げ─多くのしかばねが、至る所に投げ捨てられる。口をつぐめ。」
4 聞け。貧しい者たちを踏みつけ、地の悩む者たちを絶やす者よ。
5 あなたがたは言っている。「新月の祭りはいつ終わるのか。私たちは穀物を売りたいのだが。安息日はいつ終わるのか。麦を売りに出したいのだが。エパを小さくし、シェケルを重くし、欺きのはかりで欺こう。
6 弱い者を金で買い、貧しい者を一足のくつで買い取り、くず麦を売るために。」
7 主はヤコブの誇りにかけて誓われる。「わたしは、彼らのしていることをみな、いつまでも、決して忘れない。
8 このために地は震えないだろうか。地に住むすべての者は泣き悲しまないだろうか。地のすべてのものはナイル川のようにわき上がり、エジプト川のように、みなぎっては、また沈まないだろうか。
第四の幻は、夏のくだものの幻です。そこでは、北王国イスラエルの上に裁きの時が近づいていることが強調されています。
(1)アモスは、「一かごの夏のくだもの」を見ます。(2)次に主からの問いかけがあります。「アモス。何を見ているのか」。(3)アモスは、「一かごの夏のくだものです」と答えます。(4)すると主から「わたしの民イスラエルに、終わりが来た」とのことばがあります。
このやり取りには、ヘブル語の語呂合わせがあります。「夏のくだもの」は、ヘブル語で「カイツ」です。「終わり」は、ヘブル語で「ケイツ」です。アモスは「カイツを見ています」と答え、主は「イスラエルの民の上にケイツが来る」と預言されたのです。つまり、この幻は、大きなわざわいによってイスラエルに終わりが来ることを告知するためのものだったのです。
4~ 8節では、商道徳の堕落が指摘されます。(1)商人たちは、自己の利益追求のために、貧しい同胞を搾取し、圧迫しています。(2)彼らにとっては、主から与えられた祭りは、喜びではなく、がまんしなければならないものとなっています。彼らは、「新月の祭り」と「安息日」が過ぎ去ることを切望しています。祭りが終わりさえすれば、穀物市を開いて、儲けることができるからです。(3)さらに彼らは、その穀物を売るために不正のはかりを用いています。欺きのはかりで穀物の量を少なくはかり、できるだけ多くの金を得ようとしているのです。(4)人間も商取引の対象となっています。彼らは、貧しい者を1足のくつ(安い値段)で買い取り、奴隷にします。また彼らは、普通の麦としては売れない「くず麦」まで、貪欲に売ろうとするのです。(5)そこで主は、ヤコブの誇りにかけて誓われます。「ヤコブの誇り」とは、ヤコブとその子孫を生み出した神ご自身の御名のことです。つまり、神はご自身の御名にかけて誓っておられるのです。「わたしは、彼らのしていることをみな、いつまでも、決して忘れない」と。ここでは、ナイル川の異常な洪水の様子を用いて、裁きの激しさが描かれています。イスラエルの民の罪はきわみにまで達し、彼らの足もとの地は洪水の時の川岸のように激しく揺れるのです。
主は人の罪を決して忘れておられないとするなら、主のさばきの前に立ちおおせる人はいません。しかし私たちは、救い主イエスの贖罪の死によって、罪が赦されました。その幸いを思い起こし、主への感謝と献身を言い表そうではありませんか。
きょうの祈り
イエス・キリストの父なる神さま。あなたの前に到底立てないような者を愛してくださり、心から感謝します。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
年間聖書通読
民数記35~36、マタイの福音書16
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