4 それは、イスラエル人は長い間、王もなく、首長もなく、いけにえも、石の柱も、エポデも、テラフィムもなく過ごすからだ。
5 その後、イスラエル人は帰って来て、彼らの神、主と、彼らの王ダビデを尋ね求め、終わりの日に、おののきながら主とその恵みに来よう。
前回は、3節から次のようなことを学びました。(1)ゴメルは、ほかの男と関係を結ばなくなる。(2)と同時に、ホセアもまたある時までは、彼女との夫婦関係を控えるようになる。これは、彼女にとっての謹慎期間です。
4節では、上記の内容がそのままイスラエルの民に適用されます。(1)イスラエルの民は、王も首長もない生活をするようになります。つまり、自分たちの政府がない生活に入るということです。バビロン捕囚の時代には、王はなく、首長だけが存在しました。しかし、ローマ時代以降は、王も首長もない生活に入ります。(2)イスラエルの民は、「いけにえ」も「エポデ」もない生活に入ります。つまり、神殿礼拝も祭司制度もない生活を送るようになるということです。(3)さらに、イスラエルの民は、「石の柱」や「テラフィム」とも無縁の生活をするようになります。これは、イスラエルの民が偶像礼拝から解放されるという預言です。(4)以上のことは、紀元70 年にエルサレムが崩壊して以降のイスラエルの民の状態を預言したものです。そしてそれは、そのまま今のイスラエルの民の状態でもあります。彼らは、偶像礼拝をしなくなっていますが、同時に、真の礼拝も、神への信仰も失くしたままです。
5節は、イスラエルの民の回復を預言しています。(1)終わりの日に、彼らはイスラエルの神(ヤハウェ)を尋ね求めるようになります。(2)と同時に、彼らの王ダビデをも尋ね求めます(千年王国では、ダビデ王がメシアとともにイスラエルの民を統治するようになります)。(3)イスラエルの民は、ついに、おののきながらイスラエルの神に立ち返るようになります。これが、イスラエルの民の民族的救いです。
これと同じ内容の預言が、エレミヤ書やエゼキエル書に出てきます。「彼らは彼らの神、主と、わたしが彼らのために立てる彼らの王ダビデに仕えよう」(エレミヤ書30:9)。「わたしは、彼らを牧するひとりの牧者、わたしのしもべダビデを起こす。彼は彼らを養い、彼らの牧者となる。主であるわたしが彼らの神となり、わたしのしもべダビデはあなたがたの間で君主となる。主であるわたしがこう告げる」(エゼキエル書34:23 ~24。これ以外にエゼキエル書37:24 ~25 も参照)。
神はイスラエルの民のための計画をお持ちですが、私たち異邦人信者のためにもすばらしい計画を用意しておられます。神の愛は永遠に変わることがありません。神の約束を信じて歩む人は幸いです。
きょうの祈り
イスラエルの神よ。私のためにもすばらしい計画を用意してくださり感謝します。あなたの計画は最善であることを信じます。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
年間聖書通読
創世記37~38、マルコの福音書13
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