サポートする

ホセア書2:9~13

9 それゆえ、わたしは、その時になって、わたしの穀物を、その季節になって、わたしの新しいぶどう酒を取り戻し、また、彼女の裸をおおうためのわたしの羊毛と麻とをはぎ取ろう。

10 今、わたしは彼女の恥を、恋人たちの目の前にあばく。だれも彼女をわたしの手から救い出せる者はない。

11 わたしは彼女のすべての喜び、祭り、新月の祭り、安息日、すべての例祭を、やめさせる。

12 それから、わたしは彼女が『これは私の恋人たちが払ってくれた報酬』と言っていた彼女のぶどうの木と、いちじくの木とを荒れすたらせ、これを林にして、野のけものにこれを食べさせる。

13 わたしは、彼女がバアルに香をたき、耳輪や飾りを身につけて、恋人たちを慕って行き、わたしを忘れてバアルに仕えた日々に報いる。─主の御告みつげ─

処罰される姦淫の妻

背景になっている当時の習慣

この箇所の意味を理解するためには、姦淫の妻を処罰する当時の習慣を知らなければなりません。すでに3節にはこのようにありました。「わたしは、彼女の着物をはいで裸にし、生まれた日のようにして彼女をさらし、彼女を荒野のようにし、砂漠のようにし、渇きで彼女を死なせよう」。姦淫の妻を裸にしてさらしものにするのは、姦淫の罪を処罰する当時の方法です。これは罰のための罰と言えるでしょう。しかし、ヤハウェ(主)がイスラエルの民を罰するのは、彼らを悔い改めに導くためです。その違いをよく認識しておく必要があります。

裸にされた妻

「裸にされる」とは、イスラエルの民の場合は収穫の喜びが奪われることです。(1)イスラエルの地は、穀物も新しいぶどう酒も産出しなくなります。地は荒廃し、まる裸になるのです。(2)羊毛と麻もはぎ取られます。それゆえ、裸をおおうことができなくなります。(3)イスラエルの民の恥は偶像の前に明らかになりますが、いかなる偶像も彼らを救うことができません。(4)主から与えられた種々の祭り(過越の祭り、五旬節ごじゅんせつの祭り、仮庵かりいおの祭りなど)、新月の祭り、安息日、各種例祭なども、中止に追い込まれます。その理由は、イスラエルの民が主の祭りを偶像礼拝のための機会として悪用したからです。(5)「ぶどうの木といちじくの木」は、安全と繁栄を象徴しています。イスラエルの民は、それらを恋人(偶像)から受けた祝福だと誤解していました。それゆえ、主はイスラエルの民からそれを取り去り、野の獣に与えてしまわれます。
イスラエルの民がこのような罰を受ける理由は、「彼女(イスラエルの民)が、わたし(主)を忘れ、バアルに仕えた」からです。主は、イスラエルの民が偶像礼拝に走っていた日々を、彼らに報いると言われます。しかし、冒頭に確認したように、主がイスラエルの民を罰する理由は、彼を悔い改めに導くためです。次回学ぶ箇所では、主の方法が功を奏し、イスラエルの民が悔い改めに導かれる様子が預言されます。
パウロは、ローマ人への手紙2:4でこう書いています。「それとも、神の慈愛があなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と忍耐と寛容とを軽んじているのですか」。悔い改めこそ、主から祝福を受ける最善の方法です。私たちは、悔い改めによって、たましいの平安を経験するようになります。

きょうの祈り

イエス・キリストの父なる神さま。あなたは私たちを、聖霊によって悔い改めへと導いてくださいます。きょうも、たましいの平安をいただくことができますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

年間聖書通読

創世記29~30、マルコの福音書11