50 それから、イエスは、彼らをベタニヤまで連れて行き、手を上げて祝福された。
51 そして祝福しながら、彼らから離れて行かれた。
52 彼らは、非常な喜びを抱いてエルサレムに帰り、
53 いつも宮にいて神をほめたたえていた。
ここでは昇天に関して最低限の記述しかありません。しかし、昇天の意味を考えないでルカの福音書を終えることはできませんので、少なくとも次の三点は確認しておきましょう。(1)昇天とは、イエスが地上の次元から、神の国の次元へと移されたことを表わしています。イエスが昇天されたと言っても、イエスのからだが数千キロ上空を漂っているわけではありません。イエスは、神の右の座(栄光の座)に着座されたのです。以下の聖句をご覧ください。「主イエスは、彼らにこう話されて後、天に上げられて神の右の座に着かれた。」(マルコの福音書16:19)。「ですから、神の右に上げられたイエスが、御父から約束された聖霊を受けて、今あなたがたが見聞きしているこの聖霊をお注ぎになったのです。」(使徒の働き2:33)。「キリストは天に上り、御使いたち、および、もろもろの権威と権力を従えて、神の右の座におられます。」(ペテロの手紙第一3:22)。(2)昇天は、イエスの地上生涯の完成を告げると同時に、新しい時代の始まりともなりました。イエスは、大祭司として私たちのためにとりなしをしていてくださいます。(3)昇天によってイエスは、ご自身の人性を天の領域にまで持ち込まれました。イエスの受肉は、一時的な演技ではなかったのです。神の子イエスは、人間性を永遠にその身に引き受けなさったのです。なんという愛の奇蹟でしょうか。イエスの人性が天に持ち込まれたということは、私たちもイエスにあって、天に導き入れられたということです。エペソ人への手紙2章6節は、こう言っています。「神は、私たちを、キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。」昇天の意味を知ると、私たちの生き方がどのように変わるか、黙想してみましょう。
ルカの福音書は旧約聖書的な雰囲気の神殿での礼拝で始まりました。しかし、最後は喜びに満ちた弟子たちが、神殿で礼拝している記事で終わっています。弟子たちは、イエスが約束のメシヤであり、神であるとの確信を得たのです。あなたはいかがですか。イエスこそ、私たちの礼拝と賛美を受けるにふさわしいお方です。今、ルカの福音書の学びを終えるにあたり、イエスを心から礼拝しましょう。
きょうの祈り
イエス・キリストの父なる神よ。ルカの福音書が私たちに与えられていることを感謝します。今私は、イエスは神であり、救い主であることを告白します。そして私が、キリスト・イエスにおいて、ともに天の所にすわらせていただけたことを信じます。どうか、私の感謝と賛美とをお受けください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
年間聖書通読
創世記11~12、マルコの福音書4
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